「核ICBM」完成は当分先

どう見る北の脅威

元海将・金沢工業大学虎ノ門大学院教授 伊藤俊幸氏(上)

 北朝鮮の核・ミサイル開発の現状とトランプ米政権の今後の対応について、元海将で金沢工業大学虎ノ門大学院教授の伊藤俊幸氏に聞いた。(聞き手=編集委員・早川俊行)

北朝鮮の核兵器開発はどの段階まで進んでいるのか。

伊藤俊幸氏

 いとう・としゆき 1958年生まれ。防衛大卒、筑波大大学院修士課程修了。海上自衛隊で潜水艦乗りに。潜水艦はやしお艦長、在米防衛駐在官、第2潜水隊司令、第2術科学校長、統合幕僚学校長、呉地方総監などを歴任。元海将。現在、金沢工業大学虎ノ門大学院教授、キヤノングローバル戦略研究所客員研究員。

 原爆のみならず水爆に向けた核融合が少しできるくらいまで実験が進んでいる。問題はこれを武器として使えるかどうかだが、1~1・5㌧まで小型化した核弾頭は作れるだろう。これは韓国に向けて撃つ短距離ミサイル「スカッド」に搭載できる大きさだ。

 米国は2015年に「作戦計画5015」を作った。これは、北朝鮮が核を搭載したミサイルを韓国に向けて発射する兆候をつかんだら、25分以内に北朝鮮のミサイル基地など700カ所を全て叩(たた)くとともに、特殊部隊が金正恩氏を拿捕(だほ)または殺害して指揮系統を断ち切るという二段作戦だ。

 米国がこの作戦計画を作ったのは、北朝鮮が13年に行った3回目の核実験を受け、核弾頭を小型化できると判断したからだ。また、在韓米軍が今、「高高度防衛ミサイル(THAAD)」を配備しているのも、核搭載のミサイルが飛んで来るという認識があるからだ。

 一方、日本を射程に収める「ノドン」に載せるには、700㌔まで小型化しないといけない。これはまだできていないのではないか。在日米軍がTHAADを配備していないのは、そうした認識からだ。

 米国まで飛ばすには、さらに500㌔まで小型化しないといけない。これは当然、まだできていない。

ミサイル開発はどうか。

 ノドンとスカッドは既に完成しており、北朝鮮が今目指しているのは、米国まで届くミサイルだ。グアムに届く「ムスダン」が失敗した後、新しく出てきた「火星」シリーズは、闇市場から入ってきたとされるウクライナ製のロケットエンジンを使っている。ロフテッド軌道の発射実験で安定的に飛ぶことは分かったが、ロケットとしては飛んでも、武器としてのミサイルとなるとまだまだだ。

 8月29日に発射した火星12型は、実は予定のところまで飛んでいない。北朝鮮が公開した写真で金正恩氏の背後に写っていた地図では、グアムと同じ3500㌔まで飛ばす線が入っていた。だが、実際は2700㌔で落ちている。ミサイルが実際にどこに落ち、計画が失敗したことを認識していないのだろう。でなければ、恥ずかしくてあの写真は公開できない。そういうレベルだ。

北朝鮮が核を搭載できる大陸間弾道ミサイル(ICBM)を保有するのはいつ頃か。

 当分できないと思う。北朝鮮はロケットとして物体を地球周回軌道に乗せることはできる。だが、ミサイルはそうではない。一定のところで重力に負けさせて落下させないといけない。そのバランスを取って狙ったところに落とす実験は全くやったことがない。

 ミサイルのテレメトリ信号は、近くを飛んでいる時は受信できるが、日本列島を越えた時は落下エリアに船でも配置しない限り不可能だ。今月15日に発射した火星12型の飛距離は3700㌔だったが、ロケットとして飛んだというだけで、弾頭が燃え尽きずに再突入したのか、本当に狙ったところに落ちたかどうか検証しようがない。

 ロシアや中国の広大な土地で撃たせてもらうなら別だが、海に向かって撃つ限り、必要なデータは得られない。どうやってミサイルとして完成させるのか、正直分からない。

再突入技術のデータは皆無

ノドンへの核搭載はどうか。

 小型化すればできるのだろうが、1000キロ飛ばすとなるとかなりの断熱圧縮が起きる。これに耐えられる弾頭を造れるのか。ノドンについても再突入技術は完成していないのかもしれない。

火星12型、14型をロフテッド軌道で発射して再突入技術のデータを取得したと言われているが。

 それはうそだ。燃えてバラバラになっている。米国の技術を持ってしても燃え尽きる。

 探査機はやぶさは、大気圏に6度の角度で入ってきた。宇宙から地球に戻るには、6度くらいの浅い角度で再突入しないと断熱圧縮により燃え尽きてしまう。最適の角度ですくわないと紙が破れてしまう金魚すくいを想像してもらうと理解しやすいかと思う。

 北朝鮮は再突入技術のデータを何も持っていない。全てがブラフだ。

核爆発によって電子機器をまひさせる電磁パルス(EMP)攻撃の脅威が注目されている。

 これも大袈裟(げさ)すぎる。EMP攻撃といわれるものは結局、落雷被害と同じだ。日本の電力会社は大量に発生する落雷に耐えられる対策をしている。最新型の海上自衛隊のイージス艦は実際に対応している。そもそもEMPは、冷戦期に米国の弾道ミサイルを核爆発で迎撃するソ連の弾道弾迎撃ミサイル(ABM)をめぐり議論が出たものだ。それから25年以上が経(た)ち、少なくとも現在の日本の電力会社の落雷対策は世界有数の技術だ。

日本の上空で北朝鮮が核を爆発させても大きな被害は出ないということか。

 ABM能力がない北朝鮮ではちょうど良いタイミングで核を空中爆発させることができないと思う。

 また、そもそも日本上空で爆発させたら、北朝鮮自身に一番影響が及ぶ。北朝鮮の発電所こそ大惨事になるだろう。