「新段階」北ミサイルの脅威 日本標的の技術完成域に
元護衛艦隊司令官・海将 金田秀昭氏
北朝鮮による6日の弾道ミサイル発射に関し、安倍首相は「北朝鮮の脅威は新たな段階になっている」との強い懸念を表明した。「新たな段階の脅威」とは何か、また、その対処法として保有を求める声が強まっている敵基地攻撃能力とは何かなどについて、ミサイル防衛に詳しい元護衛艦隊司令官の金田秀昭氏に聞いた。(聞き手=政治部長代理・武田滋樹)
飽和攻撃・移動発射で戦力向上
安倍首相は、今回の北朝鮮の弾道ミサイル発射について「新たな段階の脅威になった」との認識を示した。
技術的には二つの要素がある。今回発射されたミサイルはスカッドERだが、これは韓国向けの射距離500㌔以下の短距離弾道ミサイルであるスカッドB、同Cを1000㌔に射距離を伸ばしたものだ。日本を狙った準中距離弾道ミサイルのノドン(射距離1300㌔)とともに実戦力となっている。

かねだ・ひであき 岡崎研究所理事。昭和43年、防衛大学校卒業(第12期)、海上自衛隊入隊。平成10年、護衛艦隊司令官(海将)。11年に退官後、ハーバード大学アジアセンター上席特別研究員、慶應義塾大学総合政策学部特別招聘教授などを歴任。近著に、『BMD(弾道ミサイル防衛)がわかる―増補改訂版』(イカロス出版)。
今回の4発は、ほぼ同時に一定のパターンを形成して落着した。昨年9月に発射された3発の弾道ミサイルがほぼ同地点に落着したことを見ても、北朝鮮が攻撃目標に複数の弾道ミサイルを到達させる飽和攻撃を狙っているのは明らかだ。多数のミサイルを撃って、特定の目標に同時に落着するようにすると防衛する側は大変だ。これらのミサイルの製造技術は既に完成の域にあり、現在は飽和攻撃のような運用技術の向上を図っている段階で、日本に向けての戦力化のレベルを高めているとみるべきだ。
最近は、移動式発射装置(ランチャー)を使用している。
それがもう一つの注目すべき点だ。これまで米国は、監視衛星などによりミサイル発射の兆候を事前につかんできたが、昨年9月の3発の弾道ミサイル発射、今年2月の新型地対地弾道ミサイル北極星2号の発射では、移動式ランチャーを使用したため、事前に発射を予期することが難しくなった。北朝鮮が従来は持っていなかった技術だが、中国など、外国の技術を導入したのだろう。
技術的にはこの2点で、北朝鮮のミサイルの脅威が一段階上がったと言える。
今回、北朝鮮は初めて在日米軍基地攻撃を想定した訓練だと表明したが、その狙いは何か。
今回は、折から朝鮮半島で始まった米韓合同軍事演習を意識しての発射といえる。演習に参加している米軍部隊の一部は、日本の基地からも参加している。日本は新たな安保法制によって限定的ながら集団的自衛権の行使が認められ、朝鮮半島有事のような重要影響事態の場合、日本の領域外でも戦闘地域以外であれば、後方面での協力・貢献が可能になった。北朝鮮としては圧力が強まったと感じているのだろう。そこで一矢報いてやろうという意図があったのかもしれない。従って今回は、在日米軍基地が攻撃目標であると初めて明言した。しかも、注目すべきはそのための専門部隊があることを明らかにしていることだ。事実確認はできていないが、もしもこれが事実とすれば、この面からも日本にとっての脅威は高まったと言える。
今年の年頭に金正恩委員長がICBMの発射準備が「最終段階に達した」と表明したが、どうみるか。
ICBMをどうやって開発しているのか、その詳細は分からないが、テポドン2が開発・実験のための装置として使われているのは間違いない。ICBMでは、弾頭部が大気圏内に極超高速で再突入する。弾頭部がその時に発生する摩擦熱に耐えられるようになっているのか、そのスピードの中で、選択した目標に弾着するためのコントロールができるのかなど、クリアすべき技術が多い。私はICBMの開発はまだ最終段階まで行っていないと思っている。
将来的には米国本土を脅かすものになるかもしれないが、もし仮にICBMが米国本土やハワイに向けて発射されれば、米国には迎撃能力があるし、北朝鮮に対する先制攻撃や反撃を行う格好の理由を、米国に与えることとなるだろう。
日米韓の情報共有 重要
今回、日本は発射の兆候を事前につかめていたのか。
必要かつ十分な情報は得られていなかったのではないか。もちろん各種のヒューミント(人を媒介にした諜報〈ちょうほう〉活動)や衛星などにより蓄積された監視情報などにより、米韓は一定の情報を把握していた可能性はあるが、これに比較すれば、日本はタイムリーにさまざまなミサイル発射の情報が入ってくるという状況にはなかったのではないか。米軍関係者はヒューミントを含めて韓国の情報ソースは厚いと言っている。この点からして、日米韓の情報共有は極めて重要な課題となる。
韓国との間で昨年、軍事情報包括保護協定(GSOMIA)が結ばれたが、それは機能しているのか。
やはり情報共有のレベルがある。韓国国内の対日姿勢を見れば、必要な情報が全面的に共有されることは望めないだろう。朴槿恵大統領罷免で、今後は、政治的にさらに難しい状況になるのではないか。GSOMIAが破綻する可能性すらある。しかし防衛面での両国関係は比較的良好だ。実は、GSOMIAを締結する前にも、弾道ミサイルの防衛に関しては軍事的な情報を共有するという合意があった。それをGSOMIAとして、正式に共有することになった背景には、北朝鮮の脅威の急速な高まりがあったと思われる。終末高高度防衛ミサイル(THAAD)配備で揺れる韓国にとっても、日米韓の軍事協力は、必要欠くべからざるものとして、認識されているはずだ。