条例改正案撤回、中国は香港の民意尊重せよ
香港政府トップの林鄭月娥行政長官が、逃亡犯条例改正案を正式に撤回すると表明した。
しかし、その後もデモ隊の抗議活動は続いている。中国政府が行政長官の直接選挙など一国二制度に基づく高度な自治を認めない限り、市民の不満を抑えることはできまい。
建国70年に向け安定図る
林鄭長官は「(改正案をめぐる混乱は)全ての香港市民に衝撃を与え、不安と苦痛をもたらした」と強調。「市民の疑念を拭い去るため」改正案を撤回すると述べた。
だが、民主派は「遅過ぎるし、不十分」と反発。デモ隊は改正案撤回や普通選挙の実施などの「五大要求」を掲げており、全てかなえられるまで抗議を続ける構えだ。
林鄭長官が改正案を撤回した背景には、建国70年の節目に当たる10月1日の国慶節の前に、騒然とする香港社会の安定を図りたい中国政府の思惑がある。しかし、五大要求のうち残る四つに習近平指導部が応じる可能性は低い。
中国政府はデモ隊を「テロ分子」と非難し、香港に隣接する広東省深圳市には、治安維持を担当する人民武装警察部隊(武警)が集結しているほか、100台超の軍用車も集められている。混乱が続けば武力介入も辞さない構えだ。
一方、市民の間では今回の改正案撤回が、行政長官が自身の裁量で通信や集会の自由を制限できる「緊急状況規則条例」を発動するための布石ではないかとの見方も出ている。中国政府や香港政府に対する市民の不信感の強さを示すものだ。
だが、市民が不満を強めるのも無理はない。1984年の英中共同声明では、中国は一国二制度に基づいて社会主義を香港で実施せず、香港の資本主義の制度は50年間維持されるとしている。この約束を軽視し、一国二制度を形骸化させてきたのは中国政府だ。
現行制度では、香港の行政長官は各界代表による間接選挙で選ばれ、親中派以外の候補者は排除される仕組みになっている。ロイター通信は今月初め、林鄭長官が非公開会合の場で「もし私に選択肢があればまず辞任し、深く謝罪したい」と発言した音声を公開。長官は辞任を否定したものの、中国政府の手前、自身の進退も決められない苦境が露呈した。
習指導部は「一国」を「二制度」よりも優先する意向を示し、香港への政治的締め付けを強めている。今回撤回された条例案は、香港で身柄を拘束した容疑者の中国本土への移送を可能にするものだが、中国の司法は共産党指導下にあり、党の意向に沿わない人物の恣意(しい)的な拘束もあり得ることが懸念された。これが一国二制度崩壊への危機感を強め、最大で200万人が参加した大規模デモにつながったことを中国政府は深刻に受け止めるべきだ。香港の民意を尊重する必要がある。
国際社会は強く牽制を
中国からの輸入品ほぼすべてに制裁関税を広げる「第4弾」を発動した米国は、香港問題でも中国に厳しい姿勢を示している。中国が香港に武力行使しないよう、国際社会は強く牽制(けんせい)しなければならない。