目が離せない台湾総統選
香港情勢、親中派候補に逆風
評論家 石平
8月14日からの4泊5日の日程で、久しぶりに台湾を訪れた。国民党総統候補の韓国瑜氏が市長を務める高雄市と、民進党が強い勢力を維持している台南市を中心にいろいろと見物して回った。現地の人々から聞いた話や、あるいは各テレビ局のニュース番組や討論番組をいろいろと視聴した印象では、台湾人の当分の政治的関心は主に、二つのテーマに集中している。
一つは当然、香港で広がっている抗議活動である。もう一つはやはり、前述の高雄市市長・韓国瑜その人である。
民進党の牙城であった高雄を「陥落」させて市長に当選して以来、韓国瑜氏は高い人気を背景に台湾政界の新星として頭角を現し、今年の7月には国民党の総統選公式候補となった。そしてその時点では、世論調査における韓氏の支持率は現役の総統である蔡英文氏のそれを数%も上回った。韓氏はこれで、国民党とその支持者からの期待を一身に背負って、来るべき総統選においては台湾総統の椅子をうかがう勢いとなった。
しかし、韓国瑜氏が台湾総統の椅子に座るようなことになれば、それは台湾の前途にとってはまさに由々しき事態であろう。今年4月、彼は高雄市市長として香港・深圳・アモイなどの中国都市を歴訪した時、中国政府と各地方政府の高官たちは総出で「熱烈歓迎」した。そして、彼の歴訪の中で中国側が高雄から農産品や水産品などを大量に買うという総額53億台湾㌦(約190億円)の商談を成立させた。その代わりに韓国瑜市長は訪問中、中国政府の意向に沿った形で中台は不可分の領土だとする「一つの中国」原則に基づく「1992年合意」の堅持と、「台湾独立」への反対を強調した。
こうしてみると、韓氏は一旦(いったん)政権を取って台湾総統となれば、中国共産党政権が得意の「買収工作」を全面展開することによって「台湾統一戦略」を一気に推し進めることになるのは必至の趨勢(すうせい)である。これでは台湾の行く末は大いに憂慮されなければならない。
幸い、最近になってようやく、韓国瑜氏の高い人気に陰りが見え始めた。私が台湾訪問中に感じたことといえば、人々の雑談の中でも韓氏に対する否定的な意見が広がっているし、政治関連のテレビ番組も彼に対する批判的論調を強めてきているのである。
例えば私の台湾滞在中の数日間、多くのテレビ番組は韓氏の「麻雀問題」を大きく取り上げていた。韓氏は公の場で、自分が高雄市長になってから麻雀を一度もやったことがないと公言したが、その後、彼は実際、休み中に親族との麻雀に興じたことがネット上で写真付きで暴露され、大問題になった。本来、休み中に親族と麻雀を一度、二度やったことは何の問題もないはずだが、韓氏が公の場合で嘘をついたことが問題の焦点となってマスコミからの集中砲撃を浴びせた。そして多くの有権者はこれで、「韓国瑜は信用できない」との印象を抱くことになっているもようである。
こうした中で韓国瑜氏の支持率も落ちる傾向となった。私が台湾に到着した3日目の8月16日に発表された世論調査では、韓氏の支持率は8月7日の48%から42%に急落し、民進党の総統選候補である蔡英文氏のそれを下回った。
このような傾向は今後続くかどうかは不明であるが、いっときに昇竜の勢いであった韓氏の人気が落ち始めていることは確実である。そして韓氏のような大した実力もない候補者の場合、人気の凋落(ちょうらく)は致命傷になりかねない。
その一方、香港市民の抗議デモの拡大化と長期化も韓氏にとっての逆風になるのであろう。香港市民の抗議活動に対する中共政権の弾圧が酷(ひど)くなればなるほど、香港の混乱が拡大すればするほど、台湾国民の中共に対する反発が高まるのと同時に、「親中姿勢」の韓氏に対する不信感と反感も高まっていくのであろう。言ってみれば今、「親中」の韓氏の足を引っ張っているのは中国共産党自身である。
このような状況の中で、来るべき総統選において国民党の推す韓国瑜氏が敗戦して、民進党の蔡英文総統は引き続き政権を維持する可能性は大きくなってきているが、過度に楽観視することもできない。今後の台湾情勢からはますます目を離せないのである。






