パキスタンで「一帯一路」を推進する中国の戦略的脅威を指摘せぬ各紙
◆対中債務が足かせに
パキスタン下院選が25日、実施され、第3党の野党パキスタン正義運動(PTI)が勝利を宣言、第1党として政権を担当することになる。
民主的な政権移行は、パキスタン史上2度目、PTIが政権を担当するのは初めてで、来月、首相に就任するとみられる元クリケット代表選手のイムラン・カーン氏が、公約として掲げる汚職撲滅、教育改革でどのような手腕を発揮するかに注目が集まる。その一方で、インド、アフガニスタンとの関係、さらに、アフガン情勢をめぐって緊張が高まっている米国との関係への対応は未知数だ。
各メディアは、中国がシルクロード経済圏構想「一帯一路」の一環としてパキスタンで進めているインフラ開発プロジェクト「中国・パキスタン経済回廊(CPEC)」に関して、巨額の中国からの債務が今後、パキスタン経済にのしかかると懸念を指摘するが、中国の影響圏拡大による戦略的脅威に対する指摘は見られない。
インド紙「ザ・ヒンドゥー」は、「(カーン氏が)直ちに取り組まなければならない課題は、債務危機を回避するための国際通貨基金(IMF)との交渉」と指摘、悪化する経済の立て直しが急務と主張した。
その中で懸念されているのが、巨額の対中債務だ。CPECは総額600億ドル(約6兆7000億円)の巨大プロジェクトで、そのほどんどが中国からの借款で賄われている。ヒンドゥー紙は、「CPECのインフラプロジェクトのコストがすぐに回収できる見込みはない」と対中債務が経済の足かせになる可能性を指摘している。
◆縮小困難なCPEC
カーン氏は26日の勝利演説で、CPECは投資を呼び込む「大きなチャンス」と歓迎の意向を明らかにした。
CPECは、元首相で現与党イスラム教徒連盟シャリフ派(PML-N)の実質的リーダー、ナワズ・シャリフ氏が進めてきた。シャリフ氏はカーン氏にとっては政敵であり、汚職容疑で6月、収監されたばかりだ。
香港紙サウス・チャイナ・モーニング・ポストによると、カーン氏率いるPTIなど野党は、CPECに対する抗議デモを頻繁に行い、プロジェクトの遅延にもつながったが、カーン氏は「デモの標的はシャリフ氏であり、中国ではない」と、カーン氏の首相就任でCPECが後退するのではないかとの見方を否定した。
マレーシアでは、マハティール新首相が中国の支援を受けた高速鉄道建設プロジェクトの停止を決め、一帯一路に伴うプロジェクトの縮小を検討中の国もある。だが、「交渉でのパキスタンの立場はマレーシアなどより弱く」(サウス・チャイナ・モーニング・ポスト)、CPECの停止、縮小はパキスタンでは困難とみられている。
米ブルームバーグ通信は「(カーン氏の勝利による)勝者の1人は中国ではないか」と指摘した。同通信によると、カーン氏は今月初めのインタビューで、CPEC再交渉の可能性を指摘していたが、「現実的な代替案はなく」、カーン氏自身も中国との関係改善を望んでいることを明らかにしている。
◆軍が野党勝利後押し
軍が政治に強い影響力を及ぼしてきたパキスタンだが、現政権と軍との関係は悪く、シャリフ元首相の失脚も軍が仕掛けたものとの見方がある。一方でカーン氏は軍と関係が良好で、選挙の勝利も、軍の後ろ盾があったためともみられている。
米紙ニューヨーク・タイムズは、「パキスタンの政治文化を変え、貧困を改善し、外国との関係を改善できるかは、…軍がカーン氏にどの程度の裁量を与えるか、急速に膨らむ債務をどう管理するかにかかっている」と、軍との関係、対外債務が今後のパキスタン情勢に大きな影響を及ぼすと指摘している。
中国にとってもCPECは、重要な戦略的資産であり、容易に手放すことは考えられない。中国からアラビア海に面した港湾グワダルに抜ける鉄道建設がCPECの一環で進められており、一帯一路の推進で東方へ影響圏を拡大する中国にとって、パキスタンとの良好な関係は不可欠だ。
(本田隆文)





