始まった米中両国の角逐

茅原 郁生拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

中国が硬軟交えて反撃
空母艦隊誇示、保護貿易を牽制

 第45代米大統領にD・トランプ氏が就任後、矢継ぎ早に多くの大統領令が発出されるなどトランプ旋風が吹き荒れているが、本年の国際情勢も激動が予測される中で焦点は米中関係になろう。

 今後、激化が予想される米中関係での争点には、就任演説などから「貿易戦争」「南シナ海の対決」「台湾問題の争点化」の三つが浮上し、まさに経済と安全保障両面での軋轢(あつれき)が予想される。実際、トランプ大統領は、選挙運動中も含めて中国には厳しい姿勢で臨み、当選後も「一つの中国」への挑戦や中国の南シナ海進出への対中攻勢を強めており、中国にとっては厄介な問題となっている。また貿易赤字で苦しむ米国への最大輸出国・中国との通商問題も根は深い。

 トランプ新政権が三つの争点で見せた対中姿勢が、周到な準備の上でのシグナル(読売新聞12・7)だとすれば、中国にとって南シナ海と台湾という、守るためには戦争も辞さない「核心的利益」である、2正面で米国から挑戦を受けることとなる。

 こうした事態を受けて中国は本年になって硬軟両面から反米攻勢に転じてきた。その一つは、軍事力を背景とするハードな反攻で、空母「遼寧」を中核とする初の空母艦隊の示威的な軍事訓練などである。もう一つは外交活動を通じたソフトな反攻で、トランプ就任式3日前のダボス会議における習近平主席の異例な演説の対米アピールなどである。

 前者のハード面からの反撃では、まず年初早々に遼寧を中核とする艦隊が南シナ海で訓練を誇示したことである。遼寧の行動は、これまでの単艦訓練から駆逐艦や補給艦など7隻の護衛部隊を従えた機動打撃部隊の訓練に発展されていた。この空母部隊の行動は、ハワイでの日米首脳会談のタイミングに合わせて昨年末に青島を出港し、第1列島線を越えて西太平洋に出て、台湾を囲むように航行してバシー海峡から南シナ海に入り、1月2日から搭載機の発着艦訓練を誇示した。これは南シナ海周辺国への示威だけでなく、帰路は台湾海峡を北上するなど台湾への武力威嚇でもあり、同時にトランプ大統領の「一つの中国」疑念などの対中攻勢への反撃とも見られる。米国に対して南シナ海のみならず台湾統一を視野に入れた軍事力による示威ということになる。

 さらに中国は、トランプ大統領の「力による平和」主張や軍事力強化には、完全な自主国産設計と言われる2隻目の空母「山東」(5万トン)の完成が2017年初めになることを意識的にリークするなど中国も軍事力強化で対抗している。また2月3日からマティス米国防長官が日本・韓国に派遣されたことをトランプ政権の「中国囲い込み」と警戒し、軍事改革の進展や上海市の江南造船所でカタパルト発射方式の3隻目の空母建造に着手したなどの情報を流して、ひるまない中国の姿勢を示している。

 後者の外交などソフト面での反撃では、まず習近平主席がダボス会議で基調演説をして、トランプ大統領の「米国第一」を牽制していた。「保護主義によって問題解決が得られると思うのは間違いで、現代の指導者たちが力を合わせて自由貿易の責任を果たしていくべきだ」と、まるでかつての米大統領のような主張で保護貿易を牽制し、米中間のソフト面の攻防は火蓋が切られている。

 さらにソフトな対米反撃の第2弾として中国はトランプ就任前の1月12日に「アジア太平洋安全保障協力政策(白書)」を公表した。白書は1・6万華字で、①中国のアジア太平洋の安全保障協力に関する政策②中国の域内安全保障理念③中国と域内国との関係④域内の係争事案に対する中国の立場と主張⑤域内の主要な多国間枠組みに中国は関与⑥中国の非伝統的な域内安全保障協力への参加―の6章からなっている。

 タイミングを計って出された白書の狙いは、米中軋轢の激化が予想される中で米国に対抗するために、中国がアジア太平洋地域内の多国間枠組みに今後とも積極的に関与することで足下を固める、周辺国重視の外交を強調することにある。同時にこの時期に白書を出すことで「一つの中国」に挑戦するトランプ流の対中攻勢に対して台湾を地域枠組みから孤立させる狙いも考えられよう。

 実際、白書の内容には「総合的な協力、ウィンウィンの共同建設、持続可能な安全保障」など耳当たりの良いキーワードが並んでおり、裏を返せば昨夏の南シナ海での埋め立てや軍事基地化がハーグの国際裁判所で否定されたダメージ挽回の狙いさえ感じられる。

 見てきたように中国はトランプ政権との角逐激化は不可避と見て、かねて求めてきた米中新型大国関係の構築がますます遠のく中で、周辺国外交を重視してトランプ攻勢に備えようとしている。

 また中国の硬軟併せた対応は、これまで総合的な心理戦、世論戦、法律戦の「三戦戦略」として展開されてきた国際戦略の一環と見るべきであろう。折から中国は秋に党大会を控え、習近平第2期政権を円滑に発足させるべく、国内に多くの課題を背負って正念場を迎えている。国内で権力闘争が激化する中国には米中角逐の激化は大きな重荷であるが、それでも国民に弱い姿勢を見せられない習主席が用心深い静観姿勢から硬軟交えた手段で反撃に転じてきたもので、トランプ時代の米中角逐の前触れと見ることもできよう。

(かやはら・いくお)