激変するアジアの地政学

ペマ・ギャルポ桐蔭横浜大学法学部教授 ペマ・ギャルポ

中国と手を組んだ比国
活発化する中国の招待外交

 フィリピンのドゥテルテ大統領の中国訪問はアジアの地政学を大きく変えた。前回、私は、フィリピンがパキスタンと北朝鮮に続きアジアでの忠実なる手下になるかも…ということが気になると述べたが、それが現実化した。今年7月30日に大統領に就任して以来、ドゥテルテ大統領は一国の元首としてはあまりにも下品な暴言を吐いてきた。

 長きにわたってフィリピンが世話になってきたアメリカに対し、9月12日には大統領府での演説で「アメリカと一緒にいる限り平和は訪れてこない」と言ったり、10月19日には北京で在中フィリピン人への演説では「アメリカがわが国にいたのは自分らの利益のためであった。友よさらばという時が来た」と言ってアメリカ離れする意思を明確にし、また20日には人民大会堂で「私はこの会場でアメリカと別れることを宣言する」と得意そうに述べた。さらに彼は「私はあなた(中国)のイデオロギーに付いていく。多分私はロシアへ行ってプーチン(大統領)にもそう言って、私たち3カ国、中国、フィリピン、ロシアが共に世界に対抗する。これが唯一の道である」と付け加え、会場からも拍手を浴びた。

 先般、ハーグの国際仲裁裁判所が南シナ海における中国の主張を、完全に無効にする判決を下して以来、中国はあらゆる手段を使ってこの判決を無効にするため抵抗している。それが実ってこのたび、当事者であるフィリピンがこの問題について中国と2カ国間だけで話し合うことに合意した。つまり中国からのわずか2兆5000億円の経済援助の約束で、法治国家であるはずのフィリピンが共産党独裁政権と手を組み、国際社会のルールを無視し、判決を有名無実化したのである。

 このこと自体、国際社会から非難を浴びても当然のことであるが、ドゥテルテ大統領は「中国と軍事同盟や経済連帯、経済圏があり得る。私の外交政策はアメリカと完全に一致する必要は無い」と、帰国後も多少ニュアンスが柔らかくはなっているものの、今後軍事や外交の面において、アメリカとは異なる道を歩く姿勢を崩していない。本気で言葉通り中国と経済的、軍事的同盟を結ぶようなことになれば、南シナ海のみならずアジア全体の安全保障の面で劇的な変動を起こすことは間違いない。

 また日本にとってもアジアの平和と安定の側面のみならず、アメリカの同盟国としての立場から慎重な対応をせざるを得なくなる。日本を訪問したドゥテルテ大統領の出身地ミンダナオ州の農業開発などに日本から約50億円の円借款供与をするとの報道があった。日本としても彼を手ぶらでは帰せなかったであろうから、この辺はやむを得ないかもしれない。だが彼が納得し、感謝するかは別問題である。

 安倍首相は積極的にアジアの平和と安全を確保するため、各国を訪問し多額の経済協力、技術協力を行って中国の覇権獲得のための暴走を引き止めようと努力している。しかし日本が民主国であるため、国内においては原子力問題などを見ても分かるように、今アジアが直面している危機的状況を十分に理解していない、あるいは理解しようとしない勢力が存在している。さらに、これは私の分析力、情報不足であるかもしれないが、日本においては安倍首相の約束事などに対して、十分なアフターケアをする体制ができていないように思う。

 他方においては中国は共産党一党独裁の特質を最大限に生かし、意図的にアメリカと日本を崩しに掛かっている。スリランカ、ビルマ(ミャンマー)、モンゴル、バングラデシュなどに対する中国のきめ細かい工作は、日本人の想像を絶する形で展開されている。例えばスリランカでは去年の総選挙で親中過ぎる大統領から代わった新政権も結局はアメリカ、インド、日本などの手抜き外交工作のため、いつの間にか前政権同様、中国に傾き始めている。

 私は日本政府、とりわけ安倍首相は現状を十分に認識しているように見受けるが、政治家、官僚、財界、メディアは果たしてそのような現状認識を持っているか疑問に思う。中国は公式な外交のみならず財界、メディア、スポーツや宗教まで総力を挙げてアジアの覇権を獲得しようとしており、特にアメリカに対しては大統領選挙で混迷している機会を有効に使っている。

 メディア関係者、政治家など社会に影響力のある人々を当局が入念に計画した企画に基づいて、中国各地に招待している。例えばイスラム教の国々からの関係者はウイグルへ案内し、ウイグルの人々が信仰の自由の下、幸せで豊かな暮らしをしていると見せつけ、チベットに関しても同様のアピールをしている。日本に対しても再び招待外交が活発化していることを見逃してはならない。

 私たち民主主義社会においては、さまざまな自由と権利を保持しているが、それと同時に守っていく責任と義務を認識すべきであろう。