蔡台湾新総統就任演説を最大限に評価し、中国に諫言した朝日社説
◆「現状維持」各紙評価
1月の台湾総統選挙で圧勝し台湾史上初の女性総統となった民主進歩党の蔡英文氏(59)が20日に台北市内の総統府で行った第14代総統就任演説で焦点となったのは、中国が受け入れを迫っていた「一つの中国」原則とその原則を確認したとされる「1992年コンセンサス(合意)」についての対応であった。
民進党は、経済不振と性急な対中傾斜で支持を失った国民党から8年ぶりの政権奪還で、1996年に始まった総統直接選挙から3回目の政権交代を果たした。そのうえ今回は、台湾の国会に相当する立法院で議席の過半数を獲得していて、同党としては初の完全与党となった。綱領に「独立」について記述するなど独立志向の強い民進党は、これまで92年合意を認めてこなかったのである。
就任演説で蔡氏は「1992年の中台窓口機関による会談は若干の共通認識に達した歴史的事実を尊重する」と述べるにとどめた。「共通認識」が「一つの中国」で合意したかどうかには言及せず、中国側の要求を拒否も了解もしない形でかわした。一方で中国が求めた「(中台を不可分と定める)憲法の規定の受け入れ」(2月、王毅外相)に配慮する形で「中華民国憲法に基づき、引き続き両岸関係を平和、安定的に発展させる」と述べ、中国との対話と交流の現状維持を継続したい意向をにじませている。
「対中『現状維持』の意思示した」(読売22日付社説タイトル)蔡氏の総統就任演説について、各紙論調は「現状維持」路線に高い評価を与えている。
日経(21日付)は「中国との関係で新しい世代の考え方を取り入れる『新思考』を探る一方、安定的な政権運営に腐心する様子がうかがえる。『現状維持』を望む有権者の声にも耳を傾ける努力は評価に値する」。産経(21日付)も「中国の主張に一定の配慮を加えつつ、対話に前向きな姿勢を示したのは妥当」とした。
「台湾の新政権が直面する課題は重い」と中台関係の難しい舵(かじ)取りに言及した読売は、ガンビアを例に台湾の友好国の切り崩しや観光客の訪台制限で揺さぶりをかける中国に対し踏み込んでたしなめた。「こうした振る舞いは、台湾海峡、ひいてはアジアの安定に責任を持つ大国のものとは言えまい。国際社会の不信感が高まるだけだ」と説教したのである。
◆領海にも妥当な論調
今回は、中国と親和性ある論調とみられてきた毎日、朝日(ともに21日付)ですら、こうした説教を垂れている。毎日は、蔡氏が92年の中台会談で「若干の共通の認知と了解があった」という「歴史的事実」の尊重を表明したことは「同党(民進党)支持層が中国への譲歩を嫌うことを考えても中国に対する最大限の配慮といえる」と就任演説を評価した。そのうえで、中国の揺さぶりを「中国の力の誇示は『台湾人』のアイデンティティーを強め、中国との距離を広げる結果につながってきた」と諌(いさ)めた。さらに「蔡政権が現状維持を目指す方針を明確にしたのだから、これを認め、対話路線に切り替えるのが上策だろう」と説く。
蔡氏の現状維持の宣言を「穏当な姿勢を歓迎したい」とする朝日も「中国側は不満が残るかもしれない。だが、蔡氏は台湾独立をめぐる自党の立場表明も抑えている。最大限の歩み寄りを図ったと評価すべきだろう」と中国に自重を促した。台湾住民の多くが現状維持が最適と考えていることを説き「蔡氏の演説は、そうした民意のバランス感覚を誠実にくみ取ったものといえる」と、これまた最大限の評価をした。
東・南シナ海問題でも、朝日は「争いを棚上げして共同開発を」との蔡氏の「訴えを、中国は真剣に受け止めるべきだろう。現状変更を志向しているのは、海軍力を強化し、岩礁を埋め立てる中国のほうだからだ」と諫言(かんげん)するなど、その妥当な論調は目を見張るばかりである。
◆KCIA秘録は出色
話は飛ぶが、朝日は先月12日付から今月4日まで、国際面で「北朝鮮を読む/KCIA秘録」を23回にわたり連載した。韓国で、国内外の共産主義情報の収集と分析、拷問など過酷な公安捜査などでも知られた韓国中央情報部(KCIA)で「北朝鮮を最も知る男」と呼ばれた康仁徳(カンインドク)氏の証言をもとに、1968年の北朝鮮ゲリラによる青瓦台襲撃未遂事件以来の北朝鮮の変わらぬ本質をあぶり出したもので、極めて示唆に富む興味深い内容を提示した好シリーズであった。
(堀本和博)