ブータン国王訪日で感動の贈り物

ブータン王国名誉総領事 徳田ひとみ氏に聞く

国会で心打つ演説 両国民を結ぶ公益精神

災害時に日本から「貧者の一灯」

ブータン名誉総領事に就任して、とりわけ印象深かったことは何だったのですか?

徳田ひとみ氏

 とくだ・ひとみ 1970年3月、日本女子大学文学部社会福祉科卒業。77年4月、徳田塾主宰。2002年、経済団体日本経営者同友会代表理事に就任。06年、NPO国連友好協会代表理事に就任。10年4月、在東京ブータン王国名誉総領事に就任。

 東日本大震災に見舞われた2011年、その年の秋、ヒマラヤの小さな王国ブータンから第5代ワンチュク国王が国賓として、日本を訪問され日本国中に大きな感動を与えてくださいました。在東京ブータン名誉総領事館にも「日本にいるブータンの方と交流を持ちたい」「国王陛下のメッセージは血を分けた兄弟からの言葉のように心に染みわたった」など多くの感動を伝えるメールや手紙、ファクスが寄せられ、弊館の職員たちは皆、うれしい悲鳴を上げたものです。

 とりわけ、国王陛下の国会での演説は、暗く沈んだ日本人の心を励まし、誇りを取り戻させてくださるものでした。

 衆参両院議員の先生方で国会内はあふれ、2階の傍聴席にも座っておられるほどでした。国王陛下の心打つ演説に、感激し涙する先生方も多く見受けられました。

 国王陛下はこう語られました。

 「私自身は押し寄せる津波のニュースをなすすべもなく見詰めていたことを覚えております。いかなる国の国民も、決してこのような苦難を経験すべきではありません。しかし、仮にこのような不幸からより強く、より大きく立ち上がれる国があるとすれば、それは日本と日本国民であります。私はそう確信しています」

 「われわれブータンに暮らす者は、常に日本国民を親愛なる兄弟・姉妹であると考えてまいりました。両国民を結び付けるものは家族、誠実さ、そして名誉を守り、個人の希望よりも地域社会や国家の望みを優先し、また自己よりも公益を高く位置付ける強い気持ちなどであります」

 「ブータン国民は常に、公式な関係を超えた特別な愛着を日本に対し抱いてまいりました。私は若き父とその世代の者が何十年も前から、日本がアジアを近代化に導くのを誇らしく見ていたのを知っています。

 すなわち、日本は当時、開発途上地域であったアジアに自信と進むべき道の自覚をもたらし、以来、日本の後について世界経済の最先端に躍り出た数々の国々に希望を与えてきました。日本は過去にも、そして現代もリーダーであり続けます」

 被災地の東北を訪問され、子供たちに「人は心の中に龍を飼っています。その龍は経験を食べて大きくなります、悲しく辛(つら)い経験もそれを乗り越えて君たちを大きくするんだよ」と龍のお話をされ子供たちを勇気付けてもくださいました。

 ブータンを訪問する外国観光客はそれまで米国がトップでしたが、ご訪日の翌年は日本が第1位になりました。第5代ワンチュク国王陛下ご夫妻のご訪日時の爽やかなお2人のお姿は、日本の人々にブータンに対する関心と憧憬(しょうけい)をもたらしたと思います。

支援の手は一方通行ではなかったんですよね?

 そうなのです。翌年の6月24日にブータンの古刹(こさつ)ワンデュ・ポダン・ゾン(寺院)が焼失しました。さほど日本では大きく報道されませんでしたが、フェイスブックなどで知った多くの方々が「東日本大震災の時に励まされた私たちが、今度はブータンにお返しする番だ!」「寄付をしたいが、どこに振り込めばよいか?」などのありがたいお問い合わせが殺到しました。

 領事館としては口座を持っていなかったので急遽(きゅうきょ)、私が代表を務めるNPO国連友好協会の口座を利用して、お預かりすることにしました。個々にお届けするわけにはいかないので、そこでまとめて送金いたしました。

 寄付はその額ではなく、それに託された真心が尊いわけですが、振り込み代との兼ね合いもあり、1口を1000円にしてご案内しました。何と1カ月もたたないうちに、900人ほどの励ましのメッセージが寄せられ、1000万円を超えるお金が集まりました。

 インターネットで申し込みを受け付けましたが、お一人お一人のメッセージに込められた思いに心から感動しました。日本にはこんなに素晴らしい人たちがいる、日本はこんなに優しさにあふれた国なんだと改めて感じることができました。

 ワンデュ・ポダン・ゾンの焼失はとても不幸な出来事でしたが、日本の方たちの多くの真心に触れることができ、この時ほど名誉総領事のお役を受けて良かったとうれしく思ったことはありません。

 特に心に残ったのは、毎月1000円振り込んでくださる方のメッセージです。「少なくてすみません。次に給料が出たらまた振り込みます」とあり、私はパソコンの前で思わず涙しました。夏の暑い日に、1000円の振り込みに行かれるその方の姿が浮かびました。

 1人で100万円を振り込んでくださった方もいます。もちろん大変ありがたく思いましたが、今在る場で、できる範囲で、困っている人に手を差し伸ばそうとするその姿勢に頭が下がりました。

「貧者の一灯」を受け止めることのできるシステムは大事だと思います。名誉総領事として最初の仕事はどんなものだったのですか?

 私への最初のミッションは消防自動車の寄贈でした。日本の消防自動車は、厳しい整備基準の下、メンテナンスが徹底されていますので、使用期限が来ても廃棄するには勿体(もったい)ないほどです。ブータンの状況に合わせ水槽式消防自動車を4台用意しました。ただ問題は輸送費です。外交官であった友人から、草の根資金を使ったらよいとのアドバイスをもらい、一般社団法人日本外交協会にお願いして、無事皆様のご協力の下、ブータンに4台の消防自動車を寄贈することができました。

ブータン領事館には若い人たちは来るのですか?

 私ども在東京ブータン王国名誉総領事館では国際理解教育の一環で中高生、時々は大学生の訪問をお受けすることがあります。

 ブータン王国について学びたいとお訪ねになりますので、事前に質問を挙げていただき、ブータン王国の歴史・文化的背景を交えてお答えします。

 これまで長くブータンに貢献されてきた多くの有識者の皆様や日本ブータン友好協会の皆様にご指導いただきながら努めています。その中で一番多いテーマ、ご質問はブータン国是である国民総幸福(GNH)と幸せについてのものです。

 「ブータン人は幸せだと言いますが、どうしてですか?」という問いに、私は幸せの概念は人さまざまであることをまずお話しています。そして必ず、戦争もない日本に生まれ、学校でお勉強ができて、こうして領事館巡りもできるあなたたちこそ、世界一幸せなのだ、と伝えます。

 「今いる場所で、周りの人を幸せにしなさい。それは簡単なことよ。例えばきょう家に帰ったら『僕は、お父さんとお母さんと一緒に暮らせて幸せだ』と感謝の言葉を言ってごらんなさい。『まあ、どうしたの?』とびっくりされるかもしれないけれどね」また「近所のおじいさんやおばあさんに道で会ったら『おはよう』と元気に声を掛けてごらんなさい。きっと喜んでくれると思うよ」とお話しします。

 「世界平和というととても難しいことのように思うでしょう。でもね、あなたたちの『世界』はお家(うち)でしょう、住んでる地域、学校でしょう。周りの人を幸せにするように努力してごらんなさい。簡単なことなのよ、あなたがまず、ほほ笑み掛ければいいわよ。皆が一日幸せな気分になるでしょう。それってあなたは世界平和に貢献してるわけじゃない? 頑張ってね」

 子供たちはみんな「はい」って、うれしそうに返事をし、帰って行きます。未来を担う日本の子供たちの素直さに触れられることも、ブータンの名誉領事の特権の一つだと大変ありがたく思っています。