当初、モルディブで嫌われた日本の防波堤
モルディブの環境問題と日本
駐日モルディブ共和国全権大使 アハメド・カリール氏に聞く
21世紀はインド洋の世紀といわれるが、そのセンターに位置するモルディブの地政学的重要性は論を待たない。そのモルディブと日本の関係は結構、古いものがある。とりわけ興味を引くのは、モルディブ発祥の鰹節(かつおぶし)文化だ。現在、この鰹節文化があるのはモルディブとスリランカ、それに日本だけだ。この鰹節トライアングルが一気に鰹節を世界の食文化へと押し上げることも可能だ。駐日モルディブ共和国全権大使のアハメド・カリール氏にモルディブの環境問題と日本との関係を聞いた。
(聞き手=池永達夫)
津波被害から守り評価一変
鰹節を世界の食文化に
温暖化問題ではモルディブにはどういった影響が出ていますか?
インド洋に浮かぶ島国モルディブは、サンスクリット語で「島々の花輪」に由来する。これはモルディブの珊瑚(さんご)礁の島々が輪を描くように並んで浮かんでいる様子を花輪に例えたものだ。モルディブの領域9万平方㍍の99%は海だ。そのモルディブでの温暖化問題は深刻だ。
まず第1に、約42万の国民が暮らす島嶼(とうしょ)群の平均標高は海抜1・5㍍程度でしかない。地球の温暖化によって北極や南極の氷が溶けつつあるが、海面上昇の影響をもろに受けることになるのがモルディブだ。この気候変動による海面上昇は、国土そのものの存立を脅かす「モルディブ最大の安全保障問題」となっている。
第2に海水温度の問題がある。モルディブ最大の観光資源となっている珊瑚礁の被害が大きい。珊瑚礁が死滅するケースが懸念される。その珊瑚礁が死滅すると魚も死滅する(すめない)のは時間の問題だ。この気候変動による自然環境の保全問題は深刻だ。なおわが国は80年代から、海面上昇問題をニューヨークの国連本部などで訴えてきたが、当時は相手にされなかった。
それが今では、海面上昇の影響を受ける小さな島国の地球温暖化問題での発言力は強くなっている。しかし、小さな島々の国、島嶼国でできることは小さい。やはりCO2などの規制は大国が対策を取らなければどうにもならない。
モルディブ最大の観光資源となっている珊瑚礁の被害が大きい。
この点での日本の援助は?
国際協力機構(JICA)が造ってくれた防波堤の話をしたい。2004年に起きたインドネシア・スマトラ島沖大規模地震によるインド洋津波では、日本の援助で造られた防波堤によって首都マレが守られた経緯がある。
この防波堤はできた当時は、住民はあまり感謝せず、むしろ景観を害するという不満があった。島をコンクリートの防波堤で囲むプロジェクトは、大変な資金を投入する必要があったにもかかわらずだ。
しかし、2004年の津波をブロックしてくれたおかげで、国は首都が救われた。この防波堤が人々を津波から救ったので、認識が変わった。一般の人々が暮らす200の島々にこの防波堤を造るというのは、膨大な資金と時間が必要だ。その意味では日本の貢献は、大きなものがある。大自然が非情の牙をむいた時、その偉大さを国民は身をもって知ったのだ。
そもそも日本の援助の歴史は長い。当初、漁船(帆掛け舟)のエンジンの性能向上に寄与してくれた。そのおかげで、わが国の漁業の効率は飛躍的に向上した。昔、スリランカ、モルディブの漁業は、海岸から5㌔圏内での仕事だった。雨や風に左右され、もっぱら天候次第の生業(なりわい)だった。それが日本の支援のおかげで、遠くまで魚を求めて移動できるようになり、わが国の漁業が産業として成り立つようになったのだ。無論、このおかげで流通や交通などの効率も上がるという波及効果があって、わが国の近代化の一翼を担ってくれた経緯がある。
同様に魚の加工工場にも日本の支援は及んだ。これに関係したのは丸紅で、わが国の企業と合弁で、魚の加工製品製造を始めた。これが1970年代のことだ。こうして当初、エンジンの改良から始まった日本の支援は、碁の布石のように的を得ていて、交通や流通の近代化を呼び込み、わが国の国力を高めてくれた。
何よりこうしたインフラが整備されたことで、モルディブ最大の産業となっている世界中から観光客を呼び込むツーリズムが成り立つようになったのだ。
南アジア地域協力連合(SAARC)はインド亜大陸に位置するインド、パキスタン、バングラデシュ、スリランカ、ネパール、ブータン、アフガニスタン、モルディブを原始国として、1985年に設立されたこの地域協力連合ができたことで、多くの国はモルディブを支援するようになったが、日本はそれ以前から、わが国を支援し続けてくれた唯一の国だ。
島国同士の関係は、実はもっと深いものがあったのでは?
私は日本にもある鰹節文化に興味を持っている。実は鰹節の起源はモルディブにある。
鰹節はスリランカにもありますが、どちらが発祥地なのですか?
モルディブだ。
モルディブの鰹節は14世紀終わりに始まり、スリランカに伝わり、さらに15世紀前半に日本に伝わった。鰹節文化があるのは、モルディブ、スリランカと日本の3カ国だ。とりわけ現在、スリランカで鰹節はなくてはならない調味料だ。ほとんど、全ての料理に鰹節が使われる。
インドには鰹節文化はないのですか?
ないわけではないが、使う量が圧倒的に少ない。残念ながらインドでは、カレーに代表されるスパイス文化に、鰹節は負けている。その点、スリランカも日本も、鰹節は食のベースとして使われるほど、なくてはならない味の素材だ。無論、モルディブにはさまざまなスパイスがあるが、味のベースは鰹節だ。
モルディブとスリランカ、インドは異文化圏から見ると、同じような食文化と見られがちだ。いずれもひとくくりで言えばカレー文化だ。しかし、モルディブのスパイスの種類はインドほど多くはないし、スリランカほど辛くもない。モルディブはインドとスリランカとの中間にあるスパイス文化とも言える。少なくともスリランカよりマイルドな味だ。
和食の根幹とも言える出汁文化の一つが、モルディブ発祥だとは知りませんでした。この鰹節トランアングルで世界に鰹節文化を広げていくことができますね。
大いにやりたいプロジェクトだ。
大使は納豆は食べられますか?
いや食べられない。
ネパール、インドネシア、日本の納豆トライアングルも面白いのですが、鰹節トライアングルは興味を引きます。大使が食べられない納豆は、臭いが世界化する上で障壁となっていますが、鰹節は香りと味、健康的調味料という3点で世界に普遍化できる潜在力を秘めています。
その通りだ。大いに鰹節を世界に広めよう。
中国はインド洋で真珠の首飾り戦略を発動している。モルディブに対し中国はどういったアプローチをしているのでしょうか?
モルディブは全方位外交を展開しており、世界の国々と良好な関係を維持している。もちろん、その中に中国も含まれる。とりわけ中国は公共施設建築など社会開発のプロジェクトで多大な支援国でもある。首都空港とマレー市を結ぶ橋の建設もまもなく始まる。
インドのヒンズータイムズが少し前、「中国はモルディブに潜水艦基地建設か?」といった記事が掲載されたことがありましたが、この真相は?
その事実はない。全くのデマだ。
モルディブはイスラム国家だが、近年、イスラムテロが世界を震撼(しんかん)させています。
イスラム教の教えの多くは日本の価値観と一致する。年長者を敬い、周囲と協調する、あらゆる生き物に尊敬の念を払う。それが、テロリストのために印象が変わりつつあるが、イスラムが平和な宗教であることは間違いない。






