寛容な東のイスラム圏を護れ

櫻田 淳東洋学園大学教授 櫻田 淳

連関するISと南シナ海

重要な対インドネシア2+2

 2015年の国際政治の焦点を二つの言葉で表現するならば、それは、「ダーイッシュ」(過激派組織IS=「イスラム国」=イスラミック・ステートのアラビア語による略称)と「南シナ海」ということになる。

 この二つの現象は、結局、「バングラデシュ以東のイスラム世界」と「パキスタン以西のイスラム世界」が、それぞれ直面している難題であると説明できる。「バングラデシュ以東のイスラム世界」は、「パキスタン以西のイスラム世界」とは、全く「空気」が違う。この「空気」の違いの意味を考えることは、先々、大事になってくるかもしれない。

 「パキスタン以西のイスラム世界」は、ダーイッシュが象徴する「不寛容」の印象を拭えない。ダーイッシュが復活を夢想する中世カリフ国家の版図は概ね、そのまま「パキスタン以西のイスラム世界」に重なる。そこでは、イスラム教の伝播は、「右手に剣、左手にコーラン」という言葉に表される様態で進められた。

 一方、「バングラデシュ以東のイスラム世界」は、多分に他の民族との「海上自由貿易」を介した交流を経て「寛容な社会」を実現した印象を濃くしている。たとえば、インドネシアは、世界最大のイスラム教徒を抱える国であるけれども、そこでは、イスラム教徒の立場は突出して優遇されているわけではない。

 そして、「バングラデシュ以東のイスラム世界」の醸し出す「自由と寛容」の空気が、中国政府の「勢力圏」的発想によって汚されようとしているのが、南シナ海情勢の意味だということになる。直近のASEAN(東南アジア諸国連合)域内の動きで興味深いのは、アメリカと中国の確執の中での「中間派」の位置にあると見られていたインドネシアやマレーシアが、対米傾斜を始めていることである。

 「バングラデシュ以東のイスラム世界」を成すインドネシアやマレーシアの動向は、日本にとっては、イスラム世界への関与の文脈だけではなく対中牽制の文脈でも、重大な関心を払わざるを得ない要件であろう。

 故に、ダーイッシュに類する集団への対処と南シナ海情勢への対応は、一見して切り離された別々のもののようでありながら、実はつながっているのであろう。

 無論、こうした国際政治上の動きに対して、どのように関わるかは、日本にとっても大事な判断になる。対ダーイッシュ掃討を趣旨とする有志国連合には、日本も既に名を列ねているものの、その具体的な活動の幅が今後に拡がるのかが問われることになる。

 実際には、今後、イスラム世界に関わる何らかの国際政治の変動が起こった折に、日本が陸海空3自衛隊の部隊派遣を含めて本腰を入れて関与できるのは、対ダーイッシュ掃討の舞台になっている「パキスタン以西のイスラム世界」ではなく、日本と縁の深い「バングラデシュ以東のイスラム世界」でしかないのであろう。

 イラク戦争後に自衛隊部隊を派遣したような対応は、例外と位置付けるべきものかもしれない。「万事、慣れないことはすべきではない」とは、実は普遍的な知恵の一つである。現下、安全保障関連法の成立を受けて日本の「普通の国」への脱皮は着実に進んでいるかもしれないけれども、それでも己が得手や不得手は、冷静に自覚する必要があろう。

 日本政府とインドネシア政府は、初の「2+2」(外務・防衛担当閣僚会合)を開くことを11月下旬に合意した。その初会合は12月17日に東京で開かれ、両国政府は防衛装備品・技術移転協定締結に向けた交渉を早期に始めることで合意した。

 日本の対インドネシア「2+2」設定の意義は、それがASEAN諸国という範疇ではなくイスラム圏諸国という範疇においても初の事例だということにある。それは、安倍晋三(内閣総理大臣)がジョコ・ウィドド(インドネシア大統領)と会談した際、「安保分野で協力を強化したい。南シナ海について今後、一層緊密に協力したい」と伝えていた事情を反映したものである。

 また、「パキスタン以西のイスラム世界」を彩る「不寛容」に抵抗するためにも、「バングラデシュ以東のイスラム世界」の醸し出す「自由と寛容」の基盤を防護しなければならない。その意味からは、「バングラデシュ以東のイスラム世界」における経済上の繁栄や社会上の安定を、どのように支えるかは、大事な考慮になる。

 AEC(ASEAN経済共同体)の枠組みへの関与の仕方に加え、既にマレーシアが加わっているTPP(環太平洋経済連携協定)の枠組みを、そうした趣旨で活かす仕方の構想が、問われることになるであろう。

 2015年の国際政治の様相は、今後10年は続く難題の「序奏」と呼ぶべき風景を浮かび上がらせているかもしれない。(敬称略)

(さくらだ・じゅん)