台湾民主主義示した地方選

NPO法人修学院院長・アジア太平洋交流学会会長 久保田 信之

久保田 信之親中路線拒否した若者

馬英九政権下で国民党大敗

 11月29日に投開票された台湾の統一地方選挙は、焦点の6大都市の市長選挙で与党・国民党が現有の四から一つに減らすという「大敗北」を喫して終わった。

 中国から陰に陽に加えられてきた脅威におびえてきた台湾人は、中国に依存しなければ台湾は生き残れないと、中国寄りの馬英九政権を容認してきた。

 巨大な財政基盤を持ち、その上、中国からの支援を受けている「中国国民党」が、今回の選挙でも有利なのではないか、と諦めを伴って予測した人も少なくなかったのではなかろうか。

 台湾の中央選管によれば、6市長選のうち、「本省人」が多い台南市、高雄市では、今回も民進党が予想通り順調に勝利したのだが、桃園市では、中国国民党が支持する候補者が当初は優勢とみられていたにもかかわらず有権者は民進党候補者を新市長に選んだ、と解説していた。今回の選挙で注目すべきことを挙げてみると、先ず第一に、中国国民党の強固な地盤と評されてきた台北・台中市で、いずれも国民党候補者が、「大差で敗北した」ことだ。

 日本で言うなら、首都東京に相当する「台湾の中枢都市・台北市」と、台湾がかつて「台湾省」として中華民国の一省と位置づけられていた当時、「省都」として機能していた「台中市」の代表を選ぶのが今回の選挙であったから、国民党は、他の市長選よりも総力を挙げて応援してきたのだ。しかし、国民党がポストを死守したのは、馬総統の後継者と目された朱立倫氏が新北市の代表者になっただけという「台湾史に残る特筆すべき結果」になった。

 第二に注目すべき事柄は、台湾の首都である台北の市長に、国民党でも民進党でもない「無所属」の候補が、多くの市民の支持を得て立候補して当選したことだ。

 台湾人の生活実感からすると、主義主張よりカネの力の方が強く、選挙においても「政策よりもカネ」が結果を左右してきた。終戦直後に大陸からやってきた国民党軍および国民党員は、日本統治時代の企業、施設を根こそぎ没収して、そのすべてを「国民党の資産」に組み入れた。それゆえ、「中国国民党は世界一潤沢な資金・資産を持った政党である」と評されてきた。

 台湾で繰り広げられてきた各種の選挙は、まさにお祭り騒ぎ。派手なのぼりを道や歩道橋に林立させ、候補者の大きな写真を貼り付けた選挙カーが、ボリュームいっぱいの音楽を鳴り響かせて走り回る。中でも国民党系の立候補者が開設した選挙事務所には、飲食物やお菓子、果物が置かれていて、誰でも気楽に立ち寄っては、にぎやかにおしゃべりし、飲み食いし、挙句の果ては袋いっぱいのお土産を持って帰る。こういった光景がよく見られたものであった。「台湾の選挙にはカネがかかる」。これが常識だった。実際、国民党は潤沢な資金を活用して、多くの党員を当選させてきた。

 台湾の内政・外交に強い関心を持ち、政治家を志す「純粋な者」も確かにいたが、多くは利権に関心をもち、経済力に裏打ちされた権力を発揮するために国民党に入党する者も少なくなかった。民進党は、財政力が弱い。国民党では無料で配布するような品物も有権者に買ってもらっている。こうした選挙資金調達の苦労は、国民党以外の政党につきものであった。

 これに加えて、2008年から、いわゆる小選挙区比例代表制を採用してきたから、少数政党は存続すら危うくなった。現在では、国民党主体の泛藍(ボンラン)連盟と民進党主体の泛緑(ボンリョク)連盟に少数政党は収斂(しゅうれん)されてきたため、台湾には政治に対する閉塞(へいそく)感が蔓延(まんえん)していたのだ。

 こうした政治に対する閉塞感を打破する動きをとったのが、学生を中心とした若者たちであった。将来の祖国・台湾を背負う彼らは、利権至上主義の国民党が進めている「中台融和路線」や国民の意思を無視して両岸経済協力枠組協議(ECFA)を締結し、台湾経済が主体性を失っていくことに強い警戒心を持って立ち上がった。それが、先の「ひまわり学連」の立法院議場占拠であったのだ。

 台湾経済を事実上、中国抜きでは成り立たなくする方向に激しく傾斜させたのが馬英九政権であった。これに対して「中台経済の緊密化がこれ以上進めば中国に経済的に統一されてしまう」という、この率直な危惧に対処するには議席数を増やさなければならない。それにはカネがかかる。――こうした既成政党の発想を見事に打ち破ったのが「カネもない権力もない若者たち」であったのだ。

 事務運営に要するカネはない。集会を開く会場費も彼らにはなかった。しかし、彼らは、携帯電話やインターネットをフルに活用して、多くの支持者に情報を伝達し、粛々と行動を展開し、整然と後片付けをして「秩序の破壊」を極力押さえた。

 今回の統一地方選挙は、台湾の常識では到底理解できない現象が起きた。特に、台北市の市長のポストを奪い取ったのは、民主政治の王道を歩んだからだ。青(国民党)でも緑(民進党)でもない、政治的にも素人の「台湾大学の医学部教授・柯文哲氏」の純粋な心意気を、これまた政治的には素人の学生が呼応した結果なのだ。台湾の民主化をわれわれは高く評価すべきだ。

(くぼた・のぶゆき)