中国「法治」後のAPEC外交

茅原 郁生4拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

日中突破口の先は難題

首脳に差つけた多角的会談

 中国では今秋、第18期中央委員会第4回総会(4中総)とアジア太平洋経済協力会議(APEC)という大きな二つの行事が続いた。4中総では、「法に基づく国家統治(法治)」が決まった。これまで中国は「人治」の伝統で、法律より指導者の意向が重視される傾向にあり、共産党独裁体制と一体となった人治統治への懐疑が国内外で強まっていた。

 その観点で、「法治」重視は中国で進められる政治改革の進展と見てよかろう。しかし、ここで看過できないのは、今回の「法治」は13億の国民が法の下に平等という西側の民主主義体制を目指すものではないことである。実際、習近平政権は「法治」を掲げる一方で、共産党体制に批判的な改革派知識人への締め付けを強めるなど、法治を軽視してきた。その意味で共産党領導下の法治である点を見逃してはならない。

 また、これまで習主席は「憲政」も唱えてきたが、憲法前文に「中国は共産党が領導する国家」と規定される限り、憲法の遵守は共産党領導の尊重と同義となる。

 それでは何故、「法治」重視が強調されたのか。そこには二つの狙いが見え隠れする。一つは政治改革のパフォーマンスであり、これまで中国内に鬱積する不公正感や不公平への対応という見方である。特に北京APECを主催するにあたって国家の面子を懸けて「人治国家」のイメージを払拭(ふっしょく)し、香港での民主化要求を、是非はともかく、全人代の決定を前面に出した法治で押し切る布石とも考えられる。

 もう一つは、18党大会以来、習政権は汚職腐敗への取り締まりを強化してきたが、党中央規律検査委員会の検査の手は、聖域とされてきた周永康政治局常務委員にまで伸び、また「党の柱石」とされる軍部にも及び、元中央軍委副主席・政治局員の徐才厚大将の党籍剥奪が強行された。しかし、恒例の北戴河避暑地で長老やトップ指導者の意見交換会があるが、指導的幹部の摘発は権力闘争を招くと憂慮が示され、これまでの党規律検査委員会の手から法規に基づく刑事罰処分のスタイルへと変換を図る狙いも読み取れる。

 次に、日米中など21カ国・地域が参加するアジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議が11月10~11日に北京で開催され、「アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)」構想の具体化が最大課題として審議された。また、各首脳会談が実施され、中国が最も重視したのが異例の9時間に及ぶオバマ米大統領との会談だった。そこで中国から米中新型大国関係が提起され、米からも経済問題を中心にサイバー攻撃、香港の民主化運動などで応酬があり、異論や同床異夢を抑えて協調が演出された。

 プーチン露大統領との首脳会談では、ウクライナ問題以降、天然ガスの受け入れなど両国の緊密化が誇示され、朴韓国大統領とはFTAで合意した。また、周辺外交の失敗を補うようにベトナムやマレーシアなど近隣諸国との首脳会談も友好姿勢が演出された。

 そのような中で、危ぶまれた安倍総理との首脳会談も直前の合意で克服し、2年半ぶりに実現した。靖国問題では「歴史を直視し…両国関係に影響する政治的困難を克服することで若干の認識の一致をみた」とされた。尖閣問題では「尖閣諸島など東シナ海域における緊張状態について異なる見解があると認識する」ことで対話と協議を通じて、危機管理メカニズムを構築することで一致している。

 合意文書は妥協の産物で双方に解釈を委ねる外交上の妥協案であり、わが国は主張を貫いた立場に立ち、中国側のメディアは日本が歩み寄ってきたと報じている。それは今後、例えば中国側が尖閣諸島の領有権主張を日本側が認めたと拡大解釈して宣伝攻勢をかける可能性も残している。

 新華社は「日本の求めに応じた会談」と表明した。それでも幾つかの違和感があった。まず10日午前の各国首脳会談では、首脳同士の握手の背景に各国旗が掲げられたが、安倍総理との握手の場には日章旗はなかった。また「大公報」紙によると、露、韓等の首脳会談は国家主席としての会談で、側近の王滬寧党中央政策研究室長、栗戦書党中央弁公室主任及び楊潔篪国務委員が陪席したが、安倍総理との会談時には楊潔篪国務委員のみの陪席で、それはAPEC主催者としての会談という形式だからという。このような手の込んだ差別に不快感を禁じ得ないが、今後の日中間の懸案処理に困難が多いと予感させる情景でもあった。

 各邦紙は、日中戦略的互恵関係の原点から発展させる、靖国神社問題には直接触れられなかったが日本は歴代内閣の歴史認識を引き継ぐ、尖閣諸島の名指しはなかったが「海上連絡メカニズム」を活用する、などが確認されたと伝え、その成果は大きい。

 今回の首脳会談は、「課題があるからこそ対話で解決すべき」と会談開催を目指してきたもので、冷え込んでいた日中関係の改善へ向けて突破口を開いた意義は大きい。しかし、これが実現し、次の具体的な交渉には、玉虫色の表現で先送りしてきた厳しい課題に向けた取り組みが待っている。首脳会談後の安堵の暇もなく、今次APECを通じて中国が見せた多角的な首脳外交を教訓に、次の対応への備えを急ぐ必要がある。今後の対中交渉に楽観は許されない。

(かやはら・いくお)