懸念される東シナ海の有事

茅原 郁生拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

エスカレート食い止めよ
日中で危機管理体制構築を

 去る8月12日に日中平和友好条約35周年を迎えた。冷戦下に多くの障壁を克服して平和友好が約束されたが、今日の両国関係は、昨年の国交正常化40周年も含めて、慶賀すべき節目を迎えながら友好とは逆の方向に進んでいる。

 今や両国の経済力は国内総生産(GDP)で世界2位と3位であり、アジア地域に対する責任も重くなっている。しかし、今日の日中関係の深刻さは、政治・外交面の冷却化だけでなく国民心理や意識にも相互に不信感が拡大していることだ。

 この夏に日本の民間団体「言論NPO」と中国の英字紙チャイナ・デーリーが行った両国の国民意識アンケートの結果が発表された。調査対象は日本人1000人、中国人1540人の18歳以上の男女だった。相手国に「良くない印象を持つ」「どちらかといえば良くない印象を持つ」の回答は日本で90・1%(昨年比5・8ポイント増)、中国は92・8%(同28・3ポイント増)で、2005年の調査開始から最悪の結果となった。

 その理由には、日中ともに尖閣問題や歴史認識の相違が上位を占めた。また、両国民とも70%が「日中関係は重要」と答えながら、今後の2国関係について「悪くなる」方向を予測する意見が日本で28・3%、中国で45・3%に上っている。このような意識を受けて尖閣海域での危険性が高まっており、これ以上の日中関係の悪化を防ぎ、不測事態の発生を防ぐ方策が必要とされている。

 実際に尖閣諸島海域の現場を見ると、中国の行動はエスカレートしており、例えば公船4隻が初めて1日以上(28時間15分=最大時間)も領海内に留まった。このような中国公船の領海侵犯事件は昨年9月11日の国有化以来、8月27日までに59回と平均6日に1回の多きに達しており、8月の領侵は6回も反復され、平均4・5日につき1回に及んでいる。

 それだけでなく、ここ2カ月で緊張を高める三つの行動があった。その一つは、中国空軍のY8早期警戒機が7月24日に沖縄本島と宮古島上空を通過して西太平洋に至り、沖ノ鳥島西方約700キロでUターンした警戒行動である。東シナ海の上空は日中両国のスクランブル機や早期警戒管制機などが乱舞する緊張の空となっていたが、今次空軍機の行動は緊迫度をさらに高めた。

 二つ目は中国海軍の艦隊が再び我が国を周回したことだ。中国海軍は7月にロシアとの大規模な軍事演習「合同の海・2013」をピョートル大帝湾沖で実施し、中国北海艦隊のミサイル駆逐艦や護衛艦など5隻が対馬海峡を通過して日本海に入った。演習終了後は同艦隊が宗谷海峡を経てオホーツク海に入り、ウルップ島を通過して太平洋を南下、大隅海峡を経て青島に帰港した。このような中国海軍の行動は08年秋にもあったが、今回の新鋭戦闘艦5隻による周航は、東シナ海緊張の折から我が国には示威的行動に映っている。

 三つ目は、今春の全国人民代表大会で中国海警局の新設など国家海洋局の改編や態勢強化が進められたことである。従来、海洋管理の部門は「五龍」と言われる五つの系統があったが、そのうち海洋資源管理を中心とする海監隊のほかに公安部の辺境防衛を担当する海警、農業部漁政局の漁政、税関総署の海上密輸取り締まりの四部門を統合する中国海警局が新設され、中国海洋局の下に置かれた。そして実動部隊である公船を「海警」として中国海警局長の一括指揮下に入れ、国務院公安部長(警察長官)の指揮権が及ぶ組織としてきた。7月末から公船は「海警2010」など艦名を一新して活動を開始しているが、海洋管理を理由に他国船舶に逮捕権が発動されるようなことになれば、さらなる緊張事態を生む可能性がある。

 これまでは、中国の海警と海上保安庁の巡視船がせめぎ合う過程で不測事態が偶発する危険性が懸念されてきた。しかし、最近は軍事力が前面に出る中国の挑発的行動から、新しい東シナ海での紛争発火の危機も高まっている。

 これらから日中首脳会談の必要性は高まり、特に紛争予防と危機沈静化にはトップダウンの対策が有効であり、安倍総理も対話の窓口は開けてあると呼びかけてきた。しかし、中国はアジア太平洋経済協力会議(APEC)の場での立ち話さえも難色を示していた。それでも中国側は、時として関係改善のシグナルも出してはいるが、難渋する国内外の政治課題の中で揺れ動いているのかもしれない。

 他方で中国側の行動はエスカレートしており、首脳会談が困難だとしても次善の策として、当面の尖閣海域での危機管理体制の構築が急がれる。まず、緊張海域での公船の行動ルール作りや危機事態に至急連絡できるホットライン設置など、不測事態の回避のための措置が急務だ。それには「海上連絡協議会」を再開し、紛争の未然防止、発生後の拡大阻止、安定状態への復旧などの危機管理体制を構築することが求められる。

 東シナ海を再び平和と友好の海とする目標を目指して、日中両国は地域大国の責任において危機管理体制作りに真剣な取り組みを見せる必要がある。特に中国には、南シナ海での海洋行動規範の検討も含めて、海洋の安定に関して責任ある対応が求められる。

(かやはら・いくお)