タイ軍政、民政復帰への道筋を明示せよ
タイ軍事政権トップの国家平和秩序評議会(NCPO)議長を務めるプラユット・チャンオーチャー陸軍司令官が暫定首相に就任した。
プラユット氏はNCPO議長と暫定首相を兼務し、「絶対的権力」を保持することになる。独裁色が強まるが、民政復帰への道筋を明示することを最優先すべきだ。
プラユット氏が首相就任
プラユット氏は5月のクーデターでタクシン元首相派政権を打倒し全権を掌握した。新内閣は9月までに発足し、軍の主要幹部がそろって入閣する「軍人主導内閣」となる見込みだ。
プラユット氏に権力を集中させるのは、過去2回のクーデターの経験によるものだ。2回とも退役軍人から首相を擁立したが、権力を暫定政権に移譲し、軍の意向を政策や改革に反映できなかった。タクシン政権を崩壊させた2006年のクーデター後、タクシン派政党は総選挙で第1党に返り咲いた。
タクシン元首相は「ばらまき」とも批判された貧困対策によって北部や東北部の農民の支持を集め、選挙を勝利してきた。プラユット氏は来年秋をめどに総選挙を実施し民政移管を目指す方針を示しているが、詳細ははっきりしていない。
軍事政権は改革を徹底し、タクシン氏の存在を念頭に新たな選挙制度を導入するものとみられる。だがタクシン派の排除を狙うあまり、議会制民主主義の原則を逸脱することがあってはなるまい。
タイではタクシン政権以降、タクシン派と反タクシン派の対立で混乱が続いてきた。こうした経緯があるためか、国民の多くは軍政に理解を示している。一方、米国や欧州連合(EU)は軍事支援や外交関係を一部停止している。民政復帰を促すために、国際的な圧力を掛ける必要があろう。
懸念されるのは、プラユット氏が中国への接近を強めていることだ。インラック前政権が進めて日本も関わるインフラ計画の凍結が続く中、中国との高速鉄道計画を認可した。
中国は南シナ海情勢などをめぐって東南アジア諸国連合(ASEAN)の切り崩しを図っている。タイが中国に取り込まれれば、地域の不安定化につながる恐れがある。
タイはASEANの中でも、民主主義の「優等生」と見なされ、多くの外資が進出した。それを支えてきたのは、政治家と軍人、国王の3者が相互に牽制し合う構造だ。しかし、最近は王室の影響力が低下してタクシン派と反タクシン派の対立を招いた。
議会で多数を占めたタクシン派は反タクシン派への配慮が不足し、反タクシン派は選挙を妨害するなど混乱を収拾することができなかった。こうした対立の長期化が軍の介入を招いたと言える。
対立の解消に努めよ
軍事政権はタクシン派を排除するのではなく、対立の背後にある農民と都市住民との間の所得格差にも目を向け、その解消に努めるべきだ。
タクシン派と反タクシン派も妥協点を見いだす努力をする必要がある。
(8月26日付社説)