中国AIIB構想と韓国の行方

櫻田 淳東洋学園大学教授 櫻田 淳

東アジアの危機要因に

繁栄の条件を損なう朴政権

 アジア地域における国際情勢の危機要因を語るとき、従来、当然のように事例として挙げられてきたのは、北朝鮮による核・ミサイル開発の動向であったけれども、近年では東シナ海や南シナ海における中国の拡張傾向が、それに加わるであろう。しかし、東アジア地域における危機要因として重要であっても語られないものの一つは、韓国の対外姿勢である。

 特に朴槿恵(韓国大統領)の登場以降、韓国政府の対外政策方針においては、中国から「経済」、そして米国から「安全保障」の「果実」を摘まみ食いしようという姿勢は、露骨になっている。こうした韓国政府の米中両国を相手にした「摘まみ食い」外交は、果たして持続し得るものなのか。

 この韓国の対中傾斜の意味を考える上で格好の材料を提供するのは、AIIB(アジア・インフラ投資銀行)への対応の件である。AIIBは、習近平(中国国家主席)と李克強(中国首相)が2013年10月に東南アジアを歴訪した際に設立を提唱したものであり、中韓両国や東南アジア諸国、パキスタン、カザフスタンといった16カ国の参加が見込まれていた。

 IMF(国際通貨基金)やADB(アジア開発銀行)のような既存の国際金融の枠組が、それぞれ米国と日本が主導するものであるのに対して、AIIBには、中国の経済「覇権」を担保する意味合いがある。習近平は、去る5月下旬にCICA(アジア相互信頼醸成措置会議)での基調講演の中で、「アジアの問題は結局、アジアの人々が処理しなければならず、アジアの安全は結局、アジアの人々が守らなければならない」という認識を披露したけれども、AIIBは、そうした認識を具体化させた枠組なのである。

 故に、中国政府は、習近平訪韓を機に韓国にAIIB参加を正式に提案した。韓国YTN記事(7月5日配信)によれば、安鍾範(韓国大統領府経済首席秘書官)は、「韓国はインフラに関連した建設・技術・資金・経験で優位に立っているので、AIIB創立会員国としての参加を希望するという意志を表明した」と発言したとのことである。

 この韓国YTN記事が伝えた通りならば、中韓首脳会談に際して朴槿恵がAIIB参加への即答を避けたという表向きの反応はともかくとして、前に触れた「AIIB創立会員国としての参加を希望するという意志を表明した」という大統領府高官の発言が暗示するように、韓国がAIIB参加に前のめりになっている事情は明らかになったということであろう。

 もっとも、特に米国は、中国の経済「覇権」を担保する枠組としてのAIIBには、懐疑的な姿勢を示している。韓国「聯合ニュース」(7月8日配信)が伝えたところによれば、「韓国だけでなく、世界銀行やADBと共に活動するすべての国が、AIIBに対し共通の疑問点を持っている」というのが、米国政府の評価なのである。

 中国政府は、当初、AIIB構想に際して、日米印3カ国を排除しようとしたけれども、その「排除の姿勢」の持つ悪(あ)しき印象を懸念した故にか、一転して参加出資を打診した。日本は、AIIBへの出資を断ったのである。米国政府も、韓国のAIIB参加に釘を差してきた。

 「共同通信」記事(7月5日配信)によれば、「日本は水面下で米国と協力し、東南アジア諸国やオーストラリアなどにも新銀行への出資を見送るよう求める方針だ」とある。目下、AIIB構想を頓挫に追い込むことが、日米両国の対中共同戦略目的になった感がある。韓国政府の姿勢は、こうした日米両国の思惑には明らかに背馳(はいち)するものであろう。

 第二次世界大戦後、韓国は、1970年代の「漢江の奇跡」を経て近年のG20加入に至るまで、相応の経済上の隆盛を遂げることができた。その決定的な要因は、朝鮮戦争の結果として分断国家となったことによって、中国の「圧力」を免れた「擬似的な島嶼国家」と化したからである。

 言い換えれば、擬似的にせよ日本と同様の「島嶼(とうしょ)国家」として米国の同盟網の一翼を担ったというのが、韓国の繁栄の前提なのである。近代以前の朝鮮半島の歴史を振り返るまでもなく、中国の直接の「圧力」に曝(さら)され続けた北朝鮮の現状に比べれば、そのことは瞭然としていよう。

 中国の僅か20年程の経済隆盛に幻惑され、対中傾斜を加速させる朴槿恵政権下の韓国政府は、自国の繁栄の条件を著しく誤認している。その誤認は、韓国それ自体の行方に災いとなるだけではなく、日本を含む韓国近隣の国々に悪しき影響を及ぼすことになるであろう。(敬称略)

(さくらだ・じゅん)