中国の横暴な南シナ海事案

茅原 郁生拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

実行力伴う対応が必要

アジア安保会議で各国牽制

 シンガポールで「アジア安全保障会議」(英国際戦略研究所、アジア安保会議)が5月末開催された。折から南シナ海では中国とベトナムのせめぎ合いが激化し、東シナ海でもわが自衛隊機に対する中国戦闘機の危険な接近事案があり、アジア安保会議では中国の暴挙の牽制(けんせい)が主テーマとなった。

 そもそも南シナ海の問題は、中国の移動式探査船「海洋石油981」がベトナムの排他的経済水域(EEZ)内で活動を開始し、これを排除しようとするベトナムとの間で緊張高まる事態を反復させている。中国の資源探査活動は国連海洋法条約に反する行動であり、力で秩序を変えようとする危険な行動である。既に東南アジア諸国連合(ASEAN)外相会議や首脳会議では、名指しは避けたものの、非難とともに南シナ海の安定化に向けて法的拘束力のある行動規範の早急な策定を求めた。

 また同じ時期(5・25)に東シナ海の上空でも、海・空自衛隊の偵察機に対して中国のSU27戦闘機2機が30㍍まで異常接近するという、危険でルール違反の行動があった。小野寺防衛相は米国や豪州の国防相と会談し、中国の危険な行為に反対する共同声明を出した。また、米国務省のサキ報道官も非難した。

 アジア安保会議では、安倍晋三総理が初の基調講演で「国際法に照らして正しい主張をし、力や威力によらず、紛争を平和的に解決すべき」と「法の支配」原則を強調した。そして「ASEAN各国の海や空の安全を保ち、航行・飛行の自由を保全しようとする努力に対し、支援を惜しまない」と述べ、中国軍人の質問にも「戦闘機や艦船による危険な遭遇を歓迎しない」として「海上連絡メカニズム」の再開を強調していた。

 しかし、このようなアピールだけでは、面子(メンツ)を重んじる中国が簡単に海洋試掘の中止など行動を軟化させ、行動規範の早期締結に乗ってくるとは考え難い。この観点から、関係国は連携を強化して粘り強く実行力を伴う対応が必要になろう。安倍演説では、新たな防衛装備移転三原則に基づく警戒・監視などの防衛装備品供与を含む支援に乗り出す考えを示し、フィリピンへの巡視艇10隻の提供などの表明は意味のある対中牽制であった。同時に米軍事力のプレゼンスが不可欠であることは論をまたず、引き続きリバランス戦略の推進が期待される。

 当面、南シナ海での中越間の紛争発火を如何に防ぐか、緊張事態の収束が重要である。そのためには中国は何故、この時期に「海洋石油981」をベトナムのEEZ内に設置したのか、その強硬姿勢の狙いを見極めた上での緊張緩和策が重要になる。

 中国の狙いとしては、まず中国のエネルギー不足に起因するなり振り構わぬ海底資源開発が考えられる。実際、中国はエネルギーの70%を石炭に依存してきたが大気汚染などで限界に至り、急速な自動車化時代を迎えて化石燃料取得の渇望が背景にある。石油の半分以上を輸入に頼る中国は近隣海域での海底資源開発は重要になっている。しかし、中国経済は国際貿易に大部分を依存し、世界を敵に回せない経済事情から話し合いによる解決の余地はあろう。

 次が米中間の外交確執に関わる狙いで、4月のオバマ大統領のアジア歴訪から外れたベトナムへの攻勢で米国の反応を試すことが考えられる。アジア歴訪は同盟国へのリバランス戦略の確約と中国への牽制に狙いがあった。これに中国が反発し、新型大国外交を掲げた対米反撃が考えられる。

 また、中国の対米安全保障戦略から意図的な対処との見方も成り立つ。中国にとって、南シナ海はインド洋方面を睨む海洋の要衝であるとともに、海南島は西太平洋への進出基地として軍事的な価値を有している。まさにA2AD(接近阻止・領域拒否)戦略に関わる米中せめぎ合いであり、米中角逐の一環だとすれば米国の対応が鍵となろう。

 最後が中国の国内事情に関わるもので、荒唐無稽のようであるが、これまでもあったケースである。まず中央の意図に反して、中国特有の縦割り行政の中で、石油開発部門が独走した可能性である。今回の場合、習近平政権が進める汚職腐敗退治の次の目標が石油派閥の領袖(りょうしゅう)である周永康元政治局常務委員と見られる中で、石油派閥が司直の追及をかわすために対外的な問題を起こし、汚職退治の手を緩めさせようとする思惑で仕掛けてきたとの見方である。

 もう一つは習近平主席が国内権力掌握のために敢えてベトナムと事を構えるとの見方である。実際、習主席は昨年来、全面深化改革領導小組の組長、国家安全委員会主席への就任など矢継ぎ早に権力集中を急ぐ現状と符合する。かつて79年に世界の予想を覆して、鄧小平がベトナムにレッスンを与える名目の大軍の侵攻により絶対的な権力掌握に成功した事例があり、それに倣おうとする見方である。

 中国の狙いは合理性だけではなく、中国政治の特殊性からも考えるべきだが、いずれが現時点の狙いかは判断しがたい。しかし、この不透明さが逆に事態の危険性と深刻さを物語っている。

 結局、南シナ海での紛争発火の防止には、紛争予防の対中説得と現場での不測事態の偶発を危機管理で抑えながら、中国の次の出方を注視し、対応する必要があろう。

(かやはら・いくお)