長期戦を見据える習政権

ポンペオ演説の衝撃 新局面に入った米中対決(3)

 ポンペオ米国務長官が演説した先月23日は、中国共産党が1921年に第1回党大会を開いた記念日だった。共産党設立100周年を迎える来年、大々的に祝おうとしている習近平政権にしてみれば、冷や水を浴びせる挑発行為と映る。

天問号

7月23日、中国海南省の文昌発射場から打ち上げられる、火星探査機「天問号」を載せたロケット「長征5号」(EPA時事)

 しかも8月上旬から始まる引退した長老たちと現役の党幹部が意見を交換する北戴河会議直前という時期も絶妙だった。習政権の強権統治と対外強硬路線は、共産党内部の全幅の支持を得ているわけではない。共産党独裁政権維持を至上命題とする習政権は、古傷に塩をすり込む演説に不快感を隠さない。

 新華社通信は先月25日配信の記事で、ポンぺオ演説を「イデオロギー対立をあおり、中米新冷戦をたきつけた」と非難した上で、中国包囲網を構築する試みは「徒労に終わる」と警告した。

 だが威勢のいい非難とは裏腹に、中国のやっている措置は抑制的だ。国営テレビ放送の中央電視台は、そもそもポンペオ演説のニュースを夜のゴールデンタイムに流すことはなかった。

 米政権がヒューストンの中国領事館閉鎖に動いた際にも、中国は対抗措置として成都の米領事館閉鎖を命じたにすぎない。米に本気で反旗を翻すならば、上海や広州といった大都市の方がインパクトは大きいし、香港の米総領事館閉鎖となれば決定的な外交カードを切ることになったはずだ。

 中国とすれば、動こうにも動けない事情がある。

 国内で新型コロナウイルスの第2、3波が襲来。また長江流域で洪水が頻発し、5000万人近い住民が被害を受けている。さらに共産党内が一枚岩とはいかず、李克強首相らを頂点に反習派が牙を研いでいる政治状況ともなっている。

 何より軍事力における米国との彼我の差は圧倒的で、今、戦って勝てる相手でないことは百も承知だ。だから尖閣諸島やインド、南シナ海に見られるような対外強硬路線の「戦狼外交」に出てきても、最終的な対米外交では低姿勢に徹する鄧小平の「韜光養晦(とうこうようかい)」路線を踏襲せざるを得ない。

 ただ、手をこまぬいたままだと超大国の米国といえども、足をすくわれる可能性がある。

 そのポイントは三つ。新たな戦場空間となっている宇宙とサイバー、それに経済面でのデジタル人民元だ。

 孫氏の兵法の一つ、「戦場においてはまず高みを取れ」の教訓は、現在では宇宙を制覇した者が圧倒的優位に立つ。2030年までに「宇宙大国」を目指す中国は、すでに衛星を撃ち落とす技術も完成させており、今年6月に55機目の衛星を打ち上げ、中国版全地球測位システム(GPS)「北斗」を全面稼働させるなど侮れない宇宙軍事力を持っている。

 さらに2035年までに屋内や深海などを含め、どこでもつながる高性能なGPS機能へとランクアップさせる意向だ。実現すれば、空中でのドローン爆弾やミサイル誘導のみならず、海中での無人潜水艦や魚雷の誘導も宇宙からの送信で可能となり、戦局を一変させる可能性がある。

 警戒を要するサイバーは論をまたない。中国人民解放軍のサイバー要員で構成されるシギント部隊(通信・電磁波・信号などの傍受を利用した諜報〈ちょうほう〉活動部隊)は約13万人規模と他国を圧倒する。

 また、ドル基軸体制を切り崩し国際金融世界で覇権を握る橋頭堡(きょうとうほ)としてデジタル人民元を据えようとしている。

 中国が狙っているのは、あくまで長期戦を見据えた覇権確立だ。

(編集委員・池永達夫)