日本も検証し戦略的対応を
「自由世界が変わらなければ、共産主義中国は確実にわれわれを変える。中国共産党から自由を守ることは、われわれの時代の使命だ」
ポンペオ米国務長官の演説は、世界の自由主義国に向けた檄文(げきぶん)だった。世界の覇権を狙う中国共産党の挑戦に、志を同じくする国が結束すれば十分対処できるとして「新しい民主主義国の同盟」にまで言及した。日本がその有力な一員であることは言うまでもない。
ところが政府の反応は極めて抑制的だった。菅義偉官房長官は7月27日、ポンペオ演説について「米国とは中国を含む地域情勢などについて、常日ごろから緊密に意思疎通をしてきており、その観点から、当然注視をしている」とし、今後の対応も「関係国とも連携しつつ適切に対応していきたい」と述べるにとどめた。
政府は、中国による香港国家安全維持法施行に対し「重大な懸念」を表明した主要7カ国(G7)外相声明を主導。また、ポンペオ氏が7月13日に発表した南シナ海をめぐる中国の主張は違法だとする声明には、すぐさま「地域の平和と安定に向けた揺るぎない米国のコミットメントを示すもの」と支持表明し、中国牽制(けんせい)の立場を鮮明にした。
このように日本は尖閣諸島や南シナ海など安全保障問題はもとより、人権問題についても最近は中国に厳しい姿勢を見せているが、「今われわれが膝を屈すれば、われわれの子孫は中国共産党のなすがままになっているかもしれない」(ポンペオ発言)という米国の持つ危機感とは大きな温度差がある。
最大の難問は、中国との経済的なつながりだ。中国は日本の最大の貿易相手国であり、輸出・輸入に占めるシェアは昨年、それぞれ19%と24%、また、全訪日観光客の30%に当たる959万人が日本を訪れた。新型コロナウイルスの感染拡大で世界の主要国の経済が落ち込む中、中国はいち早く経済を回復させており、今後の経済復興にはどうしても外せない。尖閣諸島沖での常態化した領海・接続水域侵入、香港の国家安全法施行などで対中批判が高まる中でも、政府は習近平国家主席の国賓来日を「延期」はしても「中止」まで踏み込めないでいる。
ちょうどポンペオ演説と同じ日に、米シンクタンク「戦略国際問題研究所」(CSIS)が「日本における中国の影響力」と題する報告書を発表し、自民党の二階俊博幹事長や今井尚哉首相補佐官の名前を挙げて、安倍晋三政権の対中政策を媚中に向かわせる人物だと批判した。特に二階氏は、中国の「一帯一路」への協力を提唱し、習主席の国賓来日を主張するなど、最も影響力のある人物とされている。
二階氏は、香港国家安全法施行を受けて自民党外交部会などが推進した習主席の国賓来日の「中止を要請する」との決議に猛反発し、「部会として訪日中止を要請せざるを得ない」と表現を弱めさせたばかり。9月に任期満了の党役員人事では幹事長交代が焦点になっており、米国からの“一撃”が少なからぬ影響を及ぼす可能性もある。
ただ、米国の対中戦略転換は、1979年の米中国交樹立以来の関与政策とその効果を、特に過去20年に絞って徹底的に検証し、その誤りを認めた上でのもの。これに「乗り遅れるな」と日本が軽々に動けば、戦略的視点を欠いた1972年の日中国交正常化の二の舞いになりかねない。膨張し強権化する共産中国とどう向き合うのか。日本も対中政策の徹底検証の上に、長期的な視野に立つ戦略的対応が必要だ。
(政治部長・武田滋樹)
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