米で広がる台湾・尖閣放棄論 米大西洋評議会上級研究員ロジャー・クリフ氏に聞く(下)

新QDRと米中軍事バランス

300 ――中国の接近阻止・領域拒否(A2AD)戦略は、米軍の戦力投射能力にどのような脅威をもたらしているか。

 米軍の戦力投射能力の中心は戦闘機と空母だ。西太平洋にある米国の航空基地には、沖縄の嘉手納、普天間、日本本土の岩国、厚木、横田、三沢、韓国の烏山、群山、グアムのアンダーセン空軍基地がある。中国との紛争で韓国から出撃する可能性は低いため、使えるのは日本とグアムだ。

 中国は現在、日本にある全ての米航空基地を弾道・巡航ミサイルで攻撃する能力を有している。駐機中の戦闘機が破壊されたり、滑走路が攻撃され、離着陸できなくなる可能性がある。

 中国にはまだ、通常型ミサイルでグアムを攻撃する能力はない。だが、グアムからでは遠すぎる。戦闘機でグアムから東シナ海まで約4時間かかる。日本からなら1日に2回以上出撃できるが、グアムからは1日1回しか出撃できない。また、グアムと東シナ海の間を飛行中、給油が数回必要だ。空中給油機は遅く、脆弱(ぜいじゃく)なため、中国戦闘機に攻撃される可能性がある。

 さらに、中国はグアムに届く通常型ミサイルを開発しており、グアムも将来、ミサイル攻撃に安全ではなくなるだろう。

 空母については、中国は洋上を航行中の艦艇を攻撃できる弾道ミサイルを開発中だ。空母も弾道ミサイルで攻撃される可能性がある。また、中国は対艦巡航ミサイルを搭載できる爆撃機や戦闘爆撃機、静粛性の高い潜水艦を保有している。これらの脅威により、米空母が中国から1600㌔圏内で作戦を展開するのは極めて危険だ。空母はその圏外から攻撃を仕掛けることもできるが、グアムと同様、離れた位置では戦力投射能力が著しく低下する。

 ――戦略環境が不利な方向に傾き続ければ、米国は中国と軍事的に対峙することに消極的になりはしないか。

 国防総省や米軍内には、台湾や尖閣諸島、南沙(英語名スプラトリー)諸島は中国と衝突してまで守る価値はないと言う人が驚くほどいる。私はそうした発言を高官クラスからも直接聞いた。米軍の戦力低下と中国軍の増強がさらに進めば、こうした意見は一段と広がるだろう。

 だが、私はこの意見に同意できない。米国が台湾防衛のコミットメントを放棄することは、米国はもはや中国のパワーに対抗する能力がないとのシグナルを送ることになり、東アジアを中国の影響下に引き渡すことを意味する。台湾は2300万人が住む健全な民主主義社会だ。世界の民主主義を守り、拡大することは米国の利益だ。

 ――中国のA2AD戦略に対し、日本は何ができるか。

 日本ができることで最も価値があるのは、中国によるミサイルや空からの攻撃に対し、日本の航空基地を防御する能力を高めることだ。例えば、頑丈な航空機の格納庫を建設したり、燃料貯蔵庫を地下に埋めたり、迅速な滑走路修復能力を持つことなどがそうだ。

 弾道・巡航ミサイルや航空機に対する積極防御として、地対空誘導弾パトリオット(PAC3)など地上配備防空システムや要撃戦闘機を増強することも重要だ。また、対潜戦能力の向上も有益だろう。

 ――日本が導入を決めたF35は価格が高騰する見通しだ。限られた予算で中国の軍事力に対抗しなければならない中、F35に膨大な資源を注ぎ込むのは合理的か。

 高性能の要撃戦闘機は中国のA2AD能力に対抗する上で重要だ。F35は空対空戦闘ではなく、対地攻撃に優れているが、ステルス性能で日本が現在有する空対空戦闘能力を凌駕(りょうが)する。ただ、ステルス性能は落ちるが、F35よりコストが安く、航続距離の長いF15SE(サイレント・イーグル)という選択肢もある。

(聞き手=ワシントン・早川俊行)