急がれる安倍政権下での改憲

世日クラブ講演要旨

安倍改憲の行方を占う
~冷戦思考からの脱却が急務~

政治評論家 高橋利行氏

 政治評論家の高橋利行氏は10月16日、世界日報の読者でつくる世日クラブ(会長=近藤讓良(ゆずる)・近藤プランニングス代表取締役)で、「安倍改憲の行方を占う~冷戦思考からの脱却が急務~」と題して講演し、憲法改正を急ぎ、わが国の安全保障態勢を整えるべきだと強調した。以下は講演要旨。

米中冷戦へ危機対応
国際情勢がつくった日本政治

 安倍晋三自民党総裁が3選した。対抗馬にダブルスコアの差をつけて勝った。世間では「石破茂さんは善戦した、安倍さんの圧勝ではない」という見方もあった。

高橋利行氏

 たかはし・としゆき 1943年、東京生まれ。中央大学法学部卒業後、読売新聞社に入社。95年から世論調査部長、解説部長、論説委員、編集局次長を歴任。2001年、新聞監査委員長。03年に退社し、政治評論家に。10年、早稲田大学教育・総合科学学術院客員研究員。15年から拓殖大学大学院客員教授。著書に『永田町の愛すべき―「派閥政治」―の暗闇と崩壊』(PHP研究所)等多数。

 自民党の総裁選は融通無碍(ゆうづうむげ)、悪く言えばいい加減なところがある。もともとは、党員・党友には投票権はなかった。田中角栄が金権批判を受け首相を退いた。どうやって世間の風当たりを躱(かわ)していくかということで、当時、三木武夫が党員・党友予備選を導入し、国民の声を反映すれば逆風をどうにかできるのではないかと、そういうシステムに変えた。

 実際に行ったのはそれから少し経(た)ってから。その時全国を駆けずり回ったのが竹下登だった。党員を増やせば、自民党の足腰が強くなるのではないかとの思惑もあった。しかし、お金を使って党員を増やすようになり、これはいけないということで、一転して党員の比重を減らした。今回は議員票と党員票を同じにした。

 党員投票と、国民の民意というものは似ているようで違う。党員票の比重が高すぎると、国政に大きなウエートを持ち過ぎる。大事にしなくてはいけないが、そればかりでもいけない。最終的には国会議員票が決め手となる。国会議員の票では、安倍さんがダブルスコアだった。その国会議員に非常に支持されたということだ。政権を担う立場として十分支持された。

 安倍首相は2021年9月まで首相をやることになる。歴代の首相で長期と言われるのは伊藤博文、桂太郎、吉田茂、佐藤栄作。「安倍さんが伊藤博文、吉田茂を超えるのかい?」という気持ちが世間にはある。永田町は、嫉妬の巣だ。権力、カネ、名誉、すべてがそろっている。安倍さんは一生懸命やっているが、安倍さんの周りの人たちは「あんなの俺でもできる」と思っている。安倍首相に対するジェラシーが湧いてくると「憲法改正なんかできるはずがない」となる。

 目の前のテーマとして、憲法改正をしなければならないことが、喫緊の課題となっていないのが一番の問題点だ。今の国際情勢を見れば分かる。ついこの間まで、米国は北朝鮮を「ならず者国家」と呼んでいた。いつ戦争が起きるか分からない状態だった。そのトランプ大統領が今、「私は金正恩と恋に落ちた」と言っている。

 米国と中国が手を組むかもしれない。世界第2位の経済大国と世界第1位の軍事大国。太平洋を分け合って支配しようじゃないかという話もある。いつか手を組む可能性がないわけではない。

 日本は憲法9条により、武装できないという安全保障の限界がある。そこで手っ取り早く、安倍首相はトランプの懐に飛び込んだ。大きなリスクもあったけれども、それが効果的だった。米国ファーストのトランプのことだから、経済問題での無理難題は多少聞いてあげなくてはならない。しかし、しっかりと米国をつかんでいることが、日本の安全保障にとって一番大事だ。

 そして、険しい国際情勢を乗り切る。それで凌(しの)いでいるうちに、憲法を改正して、何があっても日本の国は、日本国民は自分の手で守る、ということだけはきちっとしておかないといけない。その上で、日本はいろんなところに国際貢献を果たしていかなくてはいけない。

 戦後は、すべてを米国に委ねていたが、今はそういう時代ではない。トランプ大統領が「自分の国は自分で守れ」と言ってくれている。日本は非常に難しい時代に、憲法改正をし、そして態勢を整える。憲法改正は、今こそ急がねばならない。

 国民の一部が、憲法改正を冷ややかな目で見ているということは情けない。長い間日本は米国におんぶに抱っこで過ごしてきた。他人に頼るということが、日本人の体質になってしまっている。米国の若者が血を流し、日本は何もしないで金儲けだけするのは楽だ。豊かにはなる。それが習い性になって70数年が過ぎた。

 だから、安倍さんが憲法改正をするとしても、そう簡単にはできない。一番カネの掛かる、軍事力にお金が掛からないのだから米国が怒ってもある程度はやむを得ない。米国人は血を流しているのに、日本人は金儲けをしているのか、と思われても仕方がない。その牢固としてできた体質に、安倍晋三という人は立ち向かっている。

 どういう形で憲法改正をしていくか。難しいことは分かり切っている。憲法に書いてある、衆議院と参議院の3分の2ずつで発議しなくてはならない。衆議院は自公で3分の2を超えていて悠々とできる。だが、参議院では維新を入れても1議席足りない。

 来年の参院選は、定数が増えるのでさらに大変になる。公明党がここは揺さぶりのいい材料になる。昨年10月の衆院選で、公明党は6議席減の大惨敗だった。原因は、安保法などで安倍首相に寄り過ぎ、首相との距離を置こうということになった。この距離感を利用して、公明党としてのメリットを何かしら取ろうということだ。

 そこで、自公の事前協議はしない方がいいと申し上げている。自公で案を出してしまうと、そこから一歩も引けなくなる。それをしないで、自民党、公明党、それぞれで出して、みんなが見ている前で議論したらどうか。みんな、憲法改正が必要だということはある程度は分かっている。野党だって分かっている。

 安倍の手でやるのが嫌だと言っている。若干心配があるのは、安倍首相は根回しは得意ではない。安倍首相の発想は、信念、理念で行っているから野党を説得するという発想がなかなか出てこない。そこが大変なところだと思う。

 自民党は1955年、昭和30年に保守合同で出来た。米ソ冷戦が非常に険しくなってきたからだ。それにより、左右社会党が統一し、自民党が出来た。日本の政治は国際情勢がつくった。

 今の国際情勢は非常に険しい。米ソの冷戦はなくても米中の冷戦はある。自民党とはそういう危機対応を基本にした政党であると考えなくてはいけない。

 大変難しいことを承知の上で、どうしたら憲法改正が出来るか。安倍首相の手で、改憲することが一番望ましい。次は、安倍首相の手で発議をする。これが、大体の人が発議くらいは何とかなると考えている。発議すれば、60~180日のうちに、国民投票が行われる。日本で戦後初めての国民投票になる。それから三つ目は、安倍政権の下で、憲法改正の是非や方向を大いに論議する。

 すると、憲法のどこが問題なのか具体的に分かる。安倍の手で改憲が嫌だというなら、何が嫌なのか。そういうことを国民の見ている前で議論をする。

 安倍さんの手でできなかったら、後継者にやらせる。長期政権の後は、火中の栗を拾う、短命も覚悟しなければならない。ちょうど都合のいい人がいるではないか。憲法改正することを党議で拘束した上に禅譲で縛る。憲法改正は、着々とは進んでいないが、水面下で少しずついろんな議論がされている。最善手だけでなく、次善の策が考えられて政局は動いている。だから、「憲法改正は無理だ」と言うのはおかしい。これからの動きが本物だ。(敬称略)