政権の命運懸ける国民投票 中谷 元氏
衆院憲法審査会与党筆頭幹事 中谷 元氏
安倍晋三首相が3月5日の自民党大会で、憲法施行70年の節目に自民党から憲法改正を発議できるように、議論に入らなければいけないと前向きな話をした。憲法審査会の状況はどうか。
国会に憲法調査会ができて15年ほどになり、今では憲法審査会という形になって実際の条文を扱えるようになった。また、憲法改正の国民投票法も整備され、3分の2の発議があれば、国民に審判を委ねることも可能になったので、かなり現実的なことが整備されてきたと思う。
ただ最終的には国民投票にかけるので、提案が過半数を得なければ成立できない。従って、各党が真摯(しんし)な議論を積み重ねて幅広い合意形成に至ることができるかどうかが問題だ。
最近のヨーロッパでは、EU(欧州連合)からの離脱の賛否を英国の前首相が国民投票にかけたが、首相の意に反して離脱という結果が出て退陣した。イタリアでも上院の権限をめぐる憲法改正の国民投票が否決され、その内閣はつぶれてしまった。国民投票にかけるということは、政権の命運を懸けることでもある。そういう意味では国民から合意を得られる内容にしなければいけない。幅広く、国民の声を二分することなく、野党も賛同できるように努めている。
現在の北朝鮮や中国の軍事的動向を見ていると、真っ先に取り組むべきなのは憲法9条を改正して自衛隊の位置付けを明確にすることではないか。
2年前に私は、平和安全法制制定の担当者として国会で審議をしたが、政府には、国民の生命と財産を保護して国の安全を図るという使命と責任がある。その時はあらゆる事態に切れ目のない対応をということで、存立危機事態や重要影響事態、邦人の救出保護など、それまでできなかったことを法律にして整備した。
日本は日米安保体制の下、自衛隊と在日米軍で日本の安全を守っているので、米国との協力関係も強化している。現在の危機に際しては今の体制で対応することができる。しかし、自衛隊の位置付け、存在は憲法に書かれていない。平和安全法制が憲法違反だと言う人もいたが、よく聞いてみると、自衛隊自体も憲法違反だと言っている。こういう状況から見ると、しっかりと自衛隊の位置付けや日本の防衛の必要性などを憲法に規定していく必要がある。こういった点で国民の合意を得られるような内容や時期を選んで、検討しなければならないと思う。
安保法制の成立によって、9条の改正は当面不要との意見もあるが。
安全保障に関しては、平和安全法制によって法的な基盤が整ったが、9条改正が不要になったかといえばそういうことはない。自衛隊の活動については幅広い国民の支持があるにもかかわらず、自衛隊がいまだに憲法違反だと言っている人もいる。9条の1項、2項の文言や論理構成は国民にとって分かりづらいのは確かなので、このような疑問を解決して、自衛隊が合憲であるということを明確にするために憲法改正は必要だ。
緊急事態条項を最優先に
その中身が自民党の日本国憲法改正草案の中にあると。
そうだ。しかし、9条の改正については、国民の理解と支持を得ているとは考えていないので、今後も憲法審査会で議論をしていくが、他党との協議の関係上すぐに俎上(そじょう)に載せて国民に提案できる状況ではない。
自民党案は自民党が作った案だからと言って批判する人がいる。そうすると議論が進まないので、一応これは自民党が過去にまとめた文献であるという点で整理して、これから国民に諮るには野党にも意見を出していただき、憲法審査会等で新しい条文を作って、それを提案しようということだ。われわれとしてはそういう議論の素地によって提案する条文を作ればいいと思っている。
自民党の改憲案の98条、99条に緊急事態に関する規定を置いている。憲法に明記する必要性については。
東日本大震災や熊本地震などを経験して、地方が壊滅をする、例えば市役所がつぶれる、市長以下職員が死んでしまうというような事態が発生し、一県だけで対応できないというケースもある。そういう時は地方に代わって国が救済や緊急措置をすることが必要になる。だから、われわれとしては緊急事態が発生した時には、緊急事態宣言をして、緊急政令の制定や財政支援、地方への指示が可能になる仕組みを設けて、それをコントロールするための国会による承認の規定を設けた。
しかし、総理大臣への権限の集中については、各党意見が分かれている。これについては引き続き議論をしていきたい。ただ、共通している点としては、緊急事態において議員が欠けたとき、国会の意思が決定できなくなるので、議員の延長や復活、選挙の繰り延べなどの必要があるということだ。その点は何とか直していきたい。これについては、野党の方から必要性を言われているし、公明党や細野豪志議員からも緊急事態における議員延長に関わる私案も提案された。災害大国である日本においては緊急事態の規定、議員の任期延長は必要だ。
議員の任期延長に関して、与野党の合意形成が得られるということか。
そうだ。シビリアンコントロールで、政府の暴走を議会が止めるという内容だから、これについては野党からの抵抗は少ないと思う。
自民党の改憲案では国家の安全保障と大規模自然災害における緊急事態が同じ項目内でまとめられている。合意形成を進めるためにこの二つを切り離す考えはあるか。
どのような事態を対象とするのかについては、どのような効果を与えるかという面から整理をするのが有益だ。国会議員の任期の延長についていえば、民主的コントロールの重要性という観点から見れば外部からの武力攻撃も大規模自然災害も原因は違っても選挙の執行が困難になる事態という点では共通している。緊急事態の原因を区別することなく、それによって衆議院の総選挙、参議院の通常選挙を実施することが困難であるという切り口から、緊急事態を定義するということも考えている。
災害対策基本法などの現行の法令で対処できるという意見もあるが。
野党と議論すると、今の災害対策基本法で対処できるので、憲法改正しなくてもいいのではないかと言われる。確かに災害対策基本法では人権の制約については、公共の福祉という制約で現行憲法でも相当部分は読めるという意見もあることは承知しているが、大規模災害の時に役所が消滅したり、担当者が死亡したり、県や市の機能が果たせなくなったり、広域、甚大な被害のために自治体だけでは対応できないといった場合も想定される。現行法で対応できない事態が起こってしまった場合に、法の想定外ということは通用しない。
また、憲法上の権利に触れる可能性があるという理由で災害対策基本法で定められた自治体の緊急時の権限が行使できないという人もいる。町長や市長の中には「本当にこんなことを地方でやってもいいのか」と言って、個人の財産を勝手に処分したとか、人権を侵害されたとか、避難したくないのに命令を受けたとかで訴えられることを恐れる人もいる。しかし、そういうことを恐れたり迷ったりすると、対応が遅れてしまうので、迷いを払拭(ふっしょく)するためにも憲法に根拠規定を置いておく必要がある。また、自衛隊が出動したときに、がれきを勝手に処分していいのか、移動していいのかということに迷うが、やはりこれも国の緊急事態だという認定を受ければ対応もできる。住民の保護を最優先した議論を深めていくべきだ。
他党と合意形成を得られやすいと考えている改憲項目は何か。
まずその問題に対して憲法改正が必要なのか、必ずしも憲法改正は要らないが望ましい事項なのか、そして法律改正で可能なものか、こういう三つの分類を念頭に優先順位を付けておくことを常に意識している。本当に憲法改正でないと駄目だという項目を最優先にするという点から考えると、まず大規模自然災害などの緊急事態条項、第2に環境権をはじめとする新しい人権、これには教育のあり方も含まれる。第3は自衛隊を法的に認知するための9条の改正といった問題のほか、最近は合区の解消、地方自治の国と地方の権限の問題などさまざまな論点があるので、幅広い合意を得られるように項目を抽出していきたい。
(聞き手=政治部・早川一郎、山崎洋介)
(インタビュー編終わり)