新時代の国の理想描け
構想、哲学、信念を明確に
「憲法は国の未来、理想の姿を語るものだ。今を生きる私たちには、時代の節目にあって、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義という日本国憲法の基本原則の普遍的価値を深く心に刻みながら、新しい時代の理想の姿を描いていくことが求められている、それが時代の要請だ」
安倍晋三首相は4月26日、憲政記念館で行われた日本国憲法施行70周年記念式典で述べた祝辞の一節だ。首相はこれに先立ち「(憲法施行後の)70年間で国内外の状況、情勢は大きく変化した」と述べ、具体的に「急速な少子高齢化と人口減少社会の到来」「バブル崩壊後の経済停滞」「冷戦の終焉(しゅうえん)と安全保障環境の悪化」を挙げている。
この三つの変化に共通するのは、その節目が1990年前後であることだ。戦後のベビーブーム(47~49年)に生まれた団塊の世代とその2世が誕生した第2次ブーム(71~74年)が推進力になって人口は右肩上がりに増えてきたが、その間に人口の都市集中と地方の過疎化、核家族化、晩婚化、未(非)婚化などが徐々に進行、バブル経済の崩壊も重なって、90年代初めに期待された第3次ブームは起こらず、少子高齢化と人口減少社会への流れを決定付けた。
地方の人口減少の進展は、昨夏の参院選で初めて徳島・高知、鳥取・島根の二つの合区を生み出すまでになった。両選挙区の当選者ともすぐさま「合区解消」に動くなど、歴史も事情も異なる両県を「一票の格差」を是正する数字合わせだけのために合同選挙区とすることに対する自民党の不満は強い。
しかも、それでも一票の格差は3・08倍で、とても憲法14条が求める「法の下の平等」(1票の価値の平等)を実現したとは言えない。地方の人口減少がさらに進めば、どれだけ多くの合区が生まれるかも分からない。
そこで浮上したのが合区を抜本的に解消するための憲法改正だ。各都道府県から少なくとも1人の代表を選べるように、衆参両院は「全国民を代表する選挙された議員で組織する」(43条)と規定する憲法を改正しようというわけだ。しかし、そこに足を踏み入れると、果たして参議院は衆議院とどう違うのか、さらに二院制が必要なのかという、根本問題にまでさかのぼらざるを得なくなる。
この議論は実は、現憲法の制定当時からの大きな論点だった。連合国軍総司令部(GHQ)の憲法草案は当初一院制だった。日本には米国のような州がないので州の代表と国民の代表という二重代表を立てる必要もなく、華族制度は廃止されるので貴族院も不必要になるという理由からだった。これに対し政府は、公選による衆議院と、地域代表、職能代表、内閣任命議員からなる参議院の二院制を主張。交渉の末、GHQ側が「両院ともに議員公選」であることを条件に二院制を認め、現憲法の骨格が固まったのだ。
問題はなぜ、GHQが地域代表や職能代表などによる参院構成を拒否して「両院とも議員公選」にこだわったかだ。それは、終戦後わずか半年の大混乱期にも関わらず、GHQが明治憲法の改正を強力に推進したことにもかかわっている。つまり、憲法改正がマッカーサー総司令官が描く占領政策の遂行のために不可欠な一手であったためだ。
「まず軍事力を粉砕する。次いで戦争犯罪者を処罰し、代表制に基づく政治形態を築き上げる。憲法を近代化する。自由選挙を行い、婦人に参政権を与える。…」
マッカーサーが厚木に向かう飛行機の中でホィットニー准将に口述したとされる対日政策の概要だ。マッカーサーはこのような構想に従って、GHQ草案に①天皇制存続(職務・権能は憲法に基づき行使)②戦争放棄③封建制度の廃止の3原則を盛り込むように指示している。衆参両院とも全国民を代表する公選議員でなければならないというGHQ側の主張は、このように明確な構想と哲学と信念(多くは当時の最先端のもの)に基づいていたのだ。
振り返って、参議院の合区解消に向けた憲法改正議論をみると、そのような遠大な構想や哲学、信念は全く感じられない。
今後、ますます深刻化する少子高齢化と人口減少社会に活力を持たすためには、まず、現在の都道府県はそのままでいいのか、道州制のようなより広域で幅広い権限を持った地方自治制度が必要なのか、国と地方自治体はどんな役割を分担すべきなのかなどを含む、新しい国のビジョンがなければ、衆議院と参議院の違いをどうするかとか、一院制の方がいいのかという議論も根無し草になろう。
また、憲法公布の当時は人が安心して心豊かに住むためにその存在が当然視されていた家庭、地域社会、豊かな自然環境が、今は崩壊の危機に直面している。将来の日本にとってこれらはどうあるべきなのか、個人や国はどう関わっていくべきなのかについても、回答を出さなければならないはずだ。
そのような未来の理想と現実とを結び付けていく努力を尽くすことこそが、衆参両院で改憲に前向きな勢力が3分の2を占める国会に議席を持つ議員が応えるべき「時代の要請」ではないだろうか。
(政治部・武田滋樹)
(終わり)