特権階級が牛耳る経済構造
―識者はこう見る
東京大学大学院教授 阿古智子氏
中国共産党創立100年式典での習近平演説のポイントは。

あこ・ともこ 東京大学大学院総合文化研究科教授。1971年大阪府生まれ。香港大学大学院博士課程修了。在中国日本大使館専門調査員、学習院女子大学准教授、早稲田大学国際教養学部准教授などを経て現職。専門は現代中国論。著書に『貧者を喰らう国 中国格差社会からの警告』(新潮社)、『香港 あなたはどこへ向かうのか』(出版舎ジグ)など。
演出は文化大革命を彷彿(ほうふつ)させるものだったが、習近平の表情も明るくなく、毛沢東のような服装をして自分の権威を高めたいことはうかがえた。聴衆もあまり盛り上がっている様子はなく、演出がうまくいったようには感じられなかった。
毛沢東の時代と今では社会背景が全く異なる。扇動しても、「習近平思想は素晴らしい」と文革時代のように支持する人ばかりではない。
演説では「外国には屈しない」と強調していた。お決まりのパターンではあるが、習近平の考え方の根本にあるのは、帝国主義的な勢力に抵抗することだ。中国と西側諸国を敵と味方に対峙(たいじ)させ、今も西側諸国が制裁や思想的な浸透を図って中国を転覆させようとしていると宣伝している。
他の国では現政権が支持されなければ別の政権に交代するが、中国では共産党政権による執政は絶対であり、それにチャレンジすることは国家安全を脅かす、つまり、政権を転覆しようとしているという考え方だ。西側諸国でも対中国という見方はあるが、中国の場合はそれを節目となるイベントで明言し、ナショナリズムを煽(あお)っている。
現在の中国社会が抱える問題は。
発展の陰にいる人々はかなり経済的に苦しい生活を送っている。医療費や教育費用などで、かなり格差が広がっており、不満を持っている人もたくさんいる。
社会主義の特徴は計画経済と労働者中心の社会だが、現在の中国では労働者は周縁に追いやられている。大企業の株を持っているのは共産党の幹部で、国有企業を優先して経済を動かしている。債務不履行で倒産してもおかしくない国有企業に、公的なお金を投入して維持している。社会主義でもなく資本主義でもない、特権階級が牛耳る経済構造になっている。
中国が世界的な覇権を握る可能性は。
すでに覇権を握ってきているのではないか。欧米諸国に制裁を掛けられても、びくともしていない。香港やウイグルの問題で制裁を科したり関係者の口座を凍結したりと圧力をかけてはいるが、あまり効いている様子がない。
市場の規模が大きく、影響力もあるので、海外諸国が経済的に依存してしまうのは仕方ないが、リスク分散を考えて依存のレベルを下げることも必要かもしれない。
香港で国家安全維持法(国安法)が導入され、民主派が多数拘束されている。
香港に留学していた時のことを思うと、「あの時の香港はどこに行ってしまったのだろう」と泣きたくなるほどだ。知人も海外に移住したり拘束されてしまったりした。国安法の違反容疑で逮捕された友人たちは暴力に関わっておらず、言論や政治活動に対して罰を与えられている。
政治の体制が香港と中国では異なる。「国家安全」という概念は、中国にとっては共産党政権の維持を脅かす際に用いられる。民主国家では、国民が政権を直接・間接的に選ぶ選挙制度があり、香港でも全部が直接選挙ではないが、区議会議員も立法会議員も選挙で選ばれてきた。それが、今では選挙前の世論調査を行うと国安法違反で逮捕されるという、考えられないことが起こっている。
国際社会で圧力かけ続けよ
少数民族問題について、考え得る打開策は。
これまで日本は基本的に難民や亡命の希望者に冷たい態度を取ってきた。日本にいる香港人やウイグル人で帰国できない人も出ているので、特別に受け入れる方法について早急に検討すべきだ。
受け入れの判断基準がはっきりしないと問題が起こるので、基準を明確化する必要がある。
2022年北京冬季五輪のボイコットを訴える声が高まっている。
中国のような強大になった国に制裁やボイコットをしても効果は限られている。準備してきた選手のことや中国との付き合い方を考えると、ボイコットよりも開催するための条件をはっきりと突き付ける方がいい。
08年の北京五輪の際は、国際的批判を受けてマスコミの取材制限や妨害を行わなかった。五輪をやる国なのだから、労働環境や自然環境の問題も公開させ、これを機に中国を変えさせればいい。一つ一つ条件を突き付けていく必要がある。少しずつ国際的な基準に合わせさせて、やるべきことをさせるよう圧力をかけることが必要だ。
日本は外交的理念がはっきりしていない。自国の立場を示せていないので、制裁はできない。中国のやり方に巻かれないために、日本の政府も企業も自らがどうありたいのかを明示すべきだ。
日本にとって、中国は隣国であり続ける。どう付き合っていくべきか。
日本は中国の隣人で文化的にも近く、中国にとって、かなり重要な立ち位置にある。欧米諸国と中国が対立する中にあっても、橋渡しができるかもしれない。だからこそ、中国と共に改革を目指すべきだ。
日本の弱い点は、自国の価値観を曖昧にしてきたことだ。それを持てるようになれば、中国にも欧米諸国にも影響を与えられるはず。日本はそれに気付くべきだ。
(聞き手=辻本奈緒子)





