トランプ認識は周回遅れでも、彼の提起する問題は無視できない

山田寛

 1992年の米大統領選予備選の最中、米南部のオクラホマ州の町を訪れ、「日本車たたき」場面に出会った。日本車の「侵略」が、米自動車産業に打撃を与え、日本の政治家の「米労働者は怠け者」発言なども伝わり、日本への怒りがあちこちで噴出していた。その町では、米中古車販売店主が、店先にいけにえの古い日本車を置き、1回1㌦で通行人に憂さ晴らしをさせていた。中年の大男が、重いハンマーでぶったたいていた。近くにGMの工場があり、1日5人以上がたたいて行くとか。ドンという音と共に、日米両方が傷ついて行く気がした。

 あの大男は、今年の共和党予備選の主役、ドナルド・トランプ氏と全く同じ、たけり狂う金髪ライオンの風貌だった。当時、日本は安保はただ乗りしながら、容赦なく「経済侵略」する悪人とされていた。ニューヨークの大不動産王のトランプ氏自身、会合などでこんな話をし、成金日本人を嘲笑していた。「日本人が訪ねてきて、先ず言うのが『アイ・ウォント・プロパティー(不動産がほしい)、アイ・ハブ・マネー』だよ」。

 「アメリカ&マネー・ファースト」主義のトランプ氏は、心の中でまだ日本車をたたいているのだろう。25~30年前の、周回遅れの対日、対国際認識だ。

 だから、最近のアジアの安全への脅威、中国の問題などは、まだ十分視界に入っていないようだ。

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米大統領選の共和党候補、ドナルド・トランプ氏=3月15日、フロリダ州(AFP=時事)

 昨年10月、オーストラリアが、米海兵隊駐留拠点の港湾の一部を中国企業に99年間貸与する契約を結び、オバマ政権を驚かせた。だがトランプ政権だったら、ハワイの米太平洋軍司令部の近隣の土地でも、ボーイング300機のような爆買い額を示されたら、売買・貸借OKに傾くのではないか。

 92年の選挙戦は今年の選挙情勢にとり、参考になるものだった。

 共和党超保守派の評論家のパット・ブキャナン、無所属の富裕な実業家のロス・ペロー両氏が、一時は相当な人気を集めたからである。

 ブキャナン氏は、過激な保守主義と、移民受け入れ停止、自由貿易反対、日本品などへの高率関税といった経済孤立主義を唱えた。ペロー氏も自由貿易を批判、増税と歳出削減、国防費削減、日欧に防衛負担増要求などの公約で、本選で19%も得票した。2人の主張は、かなり今のトランプ氏と重なる。だから、トランプ旋風も不思議ではない。

 ただし、最近の人工妊娠中絶問題での発言が、女性のトランプ支持率を急落させたように、米大統領選は、明日の天気はわからない。

 テロや移民などの問題をとりあげても、彼の解決策は無茶苦茶に見える。だが、「トランプは、わめきながらも、多くの米国民の懸念に直接話しかけ問題提起をしている。なぜワシントンは、日独という最も豊かな国が、安全保障を米国に外注するのを許しているのか、一般米国民にはグローバル化で利益があるのか……そうした問題には、明確な回答が必要だ」(タイム誌)といった声も少なくない。

 トランプ大統領誕生の可能性は別にして、彼の日本フリーライダー批判と、日本での安保関連法制をめぐる議論との間には、大きなギャップがある。私たちはそれを再認識すべきだろう。日米安保体制は、本当に強化されているのだろうか。政府・自民党の説明不足も問題だが、野党・左派メディアは、「違憲・戦争法制廃棄」要求ばかりで、中国や北朝鮮の脅威などは直視しない。冷戦時代の非武装中立論的姿勢では、2周遅れの感じすらしてしまう。

(元嘉悦大学教授)