国旗国歌の尊重は当然だ


 入学式や卒業式で国旗を掲揚しない国立大学が少なからずあり、国歌斉唱に至ってはほとんど行われていない。放置しておいていいのか――。そんな疑問が国会質問で提起された。

 ほとんどが斉唱せず

 文部科学省によると、全86校のうち今年3月の卒業式で国旗を掲揚しなかったのは12校、国歌を斉唱しなかったのは72校に上る。これに対して安倍晋三首相は「正しく実施されるべきではないか」との認識を示し、下村博文文科相は「各大学に要請していきたい」と答弁した。

 当然の判断だ。国旗国歌は広く国民に定着している。未だに軽んじる風潮があるのは遺憾と言うほかない。

 国旗国歌はその国の歴史と伝統をシンボル化したもので、国と国民を愛する象徴的行為が国旗掲揚、国歌斉唱だ。諸外国では大学のみならず、さまざまな式典で行われており、違和感は持たれていない。

 むしろ国旗国歌を尊重しない行為は国民への侮蔑と見なされ、非難の対象となる。それほど大切なものと認識するので、他国の国旗国歌も尊重するようになり、国家間の友好、真の国際関係が生まれる。国際社会ではそう捉えるのが常識だ。

 日の丸は古来、使われてきたが、近代国家となった明治初めに日本の商船に国旗として掲げることを決め、1899(明治32)年の船舶法で国際法に基づき掲揚を義務付けた。

 君が代は、歌詞は『古今和歌集』の作品の一つ、曲は1880(明治13)年の制作で、国歌として斉唱されてきた。いずれも慣習法として正当性を有し、国際社会でも国旗国歌と認められてきた。

 ところが、わが国では戦後、日教組や左翼政党が「侵略のシンボル」「法的根拠がない」などと主張して反対闘争を繰り広げ、広島県の高校長が自殺に追い込まれる事件も生じた。それで1999年に国旗国歌法を制定し、日の丸と君が代を改めて国旗国歌と明記した。

 2006年の改正教育基本法では「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養う」とし、学習指導要領に基づく国旗掲揚・国歌斉唱の徹底指導を図った。

 それは子供らが自国の歴史と伝統を継承して国民としてのアイデンティティー(同一性)を形成し、同時に他国の国歌国旗を尊び国際社会での平和的態度の在り方を身に付けるためだ。

 むろん大学に学習指導要領は適用されないが、教育基本法の精神は守るべきである。小中高で育まれてきた国旗国歌への正しい理解を、大学それも国立大学で断ち切るのは不適切だ。海外からの留学生も国旗国歌抜きの式典に違和感を抱くだろう。

 左翼思想に呪縛されるな

 安倍首相や下村文科相の発言に対して一部に「学問の自由」や「大学の自治」を侵害するかのような批判があるが、筋違いだ。そもそも国立大学が国旗国歌を否定する方が異様である。それこそ左翼イデオロギーに呪縛され、自由と自治を自ら放棄する態度だ。猛省を促したい。

(4月13日付社説)