「背水の陣」の賭け、連立が破綻すれば天下騒乱
「一強」を誇示している自民党の力の源泉も、突き詰めると、20年にわたる公明党との連立にある。「尾っぽ」が頭を振り回すリスクはあるが、小さな政党が味な力を発揮する。それが連立の妙味である。自主憲法制定を党是とする自民党と、平和と福祉を理念とする公明党だから、いささか「保守」の旗幟(きし)はぼやけるが、揺るぎない「政治の安定」は間違いなく、この両党の連立が齎(もたら)したものである。
その自公連立が揺らぎ出した。衆院広島3区の候補擁立をめぐる前兆に永田町は慄(おのの)いている。今までなら揉(も)めて破局を迎えるのは野党だった。3年前、「希望の党」を率いた小池百合子(東京都知事)が民進党との合流に動き、あわや政権交代かというすんでのところで「安全保障、憲法改正で一致しない人は公認しない」と「排除の論理」を突き付け、希望の党が分裂し、自民党は危うく難を免れた。
今度の軋(きし)みは法務大臣だった河井克行と妻・案里の大掛かりな選挙違反が発端である。事件そのものは参院選絡みだが、来年10月の衆院議員の任期満了までに行われる衆院選に、衆院議員である夫の河井克行の後釜に誰を擁立するかが、政権の鼎(かなえ)の軽重を問う重大な政治課題として立ちはだかってきたのである。
ふつうなら、まず所帯の大きい自民党が候補を決め、公明党が支援する。だが、今回は選挙民の反発が馬鹿(ばか)にならない。自民党は公募で候補の選定中である。応募者は複数いる。だが、公明党はボールが自民党にあるうちに、党のスターである副代表の斉藤鉄夫(比例中国ブロック)の擁立を早々と決定してしまった。代表・山口那津男もすでに現地入りした。もう後へは退(ひ)けない。
公明党には言い分がある。いくら何でも、これだけ世間を騒がした選挙違反の後である。今回ばかりは自民党では勝てまい。公明党がいつも駕篭(かご)を担ぐばかりで良いのかという不満も募っている。宏池会の本丸である自民党広島県連(宮澤洋一会長)にも仁義は切った。だが、ナシの礫(つぶて)だった、というのである。
内緒の事情もあるらしい。公明党の力は「強固な集票力」にある。だが、衆院比例代表の公明党票を見ると、郵政選挙(2005年)には890万票あったのが、民主党と政権交代した政権選択選挙(09年)には805万票になっている。それが宰相・野田佳彦の「近いうち選挙」(12年)では711万票と漸減している。アベノミクス選挙(14年)では731万票と、やや盛り返したものの前回の国難突破選挙(17年)では697万票に落ち込んでいる。つまり、ここ12年で200万票も減らしている。
そういう退潮の中でも比例中国ブロック(定数11)では、8回の衆院選のうち7回2議席を獲得している。だが、3年前には5位と11位になっている。さらに票を減らすような事態になると、2議席死守が難しくなりかねない。強固な票田を自負している公明党にとっては、あってはならない、由々しき事態なのである。万一、比例中国ブロックで1議席を失っても、小選挙区(広島3区)で議席を得られれば、なんとか面目を保つことが出来る。千載一遇のチャンスに映るのである。
自民党も退くに退けない。国政選6連覇を果たした安倍晋三から代替わりした宰相・菅義偉にとっては「初陣」である。1議席たりとも疎(おろそ)かにできない。菅義偉にしても、その後ろ盾である自民党幹事長・二階俊博にしても公明党、創価学会には太いパイプがある。「無理筋」(自民党選対幹部)を承知で公明党が斉藤鉄夫を押し立ててきたのも、菅義偉、二階俊博の「政治決着」に持ち込めば、「今回は公明党に譲ってやれ」という「天の声」を貰(もら)えるのではないかという思惑がある。先の国民1人当たり一律10万円の特別定額給付金も、「連立離脱」をちらつかせた公明党が二階俊博に頼み込んで勝ち取っている。
だが、公明党が、本当に連立離脱するようなら両党とも無傷では収まらない。自民党は過半数割れに追い込まれかねない。公明党も下手をすると「連立組み換え」という竹箆(しっぺ)返しを食いかねない。広島県出身の自民党議員には「広島3区でお譲りいただけないと、あなたを推せなくなりますよ」という脅しめいた電話がかかっているらしい。
(文中敬称略)
(政治評論家)