「日米安保」は自ら佑くる者を佑く

自衛隊動き、トモダチ作戦加速

髙橋 利行

政治評論家 髙橋 利行

 「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰」と鏡に問い掛ける美しい継母(ままはは)。「お妃(きさき)さま、それは貴女(あなた)です」と答える魔法の鏡。だが、白雪姫が7歳になったある日、鏡の答えが一変する。「それは白雪姫です」。刹那(せつな)、自慢の鼻をへし折られた継母の胸に殺意が走る。

 下男に殺害を命じた。失敗すると、あろうことか、自ら手を下す。林檎(りんご)売りに化けて毒林檎を食べさせたのである。白雪姫は死ぬ。だが、白馬に跨(また)がった美しい王子が通りかかりキスをすると、白雪姫は咽(のど)に詰まった林檎を吐き出し蘇生する。王子は白雪姫を妻とし、末永く幸せに暮らしましたとさ、で終わる。

 御存じ、グリム童話の「白雪姫」である。

 色々あるが、結局はハッピーエンドなのである。「結婚神話」の典型的なお伽噺(とぎばなし)である。だが、ヒトの世、現実には結婚してからが長い。まして「人生100年時代」である。子供を産み、育て、幾多の病を克服しなければならない。離婚や不倫も溢(あふ)れている。「一片の婚姻届」が幸せを保証するものではない。互いに「我慢」や「努力」が必要なのである。

 この手の話は、なにも結婚だけに限られたものではない。国家同士の命運を懸ける「同盟」であっても、いったん手を組めばコト足れりと言うものではない。安倍晋三が宰相としての最長記録を塗り替えた桂太郎は、日露戦争(1904~05年)を勝利に導いたことで知られる。その背後に「日英同盟」があった。イギリスが陰に陽に日本を支援してくれたおかげである。その日英同盟も、アメリカのちょっかいで21年にして破談になっている。

 宰相・吉田茂がサンフランシスコ講和条約を締結したあと、たった一人で署名(51年)した日米安全保障条約(旧安保)は、数奇な運命に翻弄(ほんろう)された。10年後、時の宰相・岸信介は少しでも「双務性」を持たせようと改定(新安保)した。日本国内で猛烈な反対運動が起きた。

 首相官邸はデモ隊に囲まれ、まるで「革命前夜」だった。兄を心配して駆け付けた実弟・佐藤栄作と共に、一時は死を覚悟したと言われる。いわゆる「60年安保」の騒ぎである。10年後の「70年安保」は拍子抜けするように穏やかに自然承認された。

 令和2年1月19日、日米安全保障条約は締結から60年を迎えた。昨年4月まで自衛隊のトップである統合幕僚長を務めた河野克俊は、堅固な「日米同盟」でも「日本が努力をしないとアメリカは動いてはくれない」と力説(1月24日、日本記者クラブ講演)している。9・11直後、横須賀を母港としていたアメリカ海軍空母キティホークが全速力で浦賀水道を抜けたいと求めてきた。艦載機を積んでいなければ空母に攻撃力はない。一刻も早く外洋に出て、厚木にいる艦載機を呼び戻し、臨戦態勢を取るというのである。

 だが、混み合う浦賀水道は、安全上、速度は12ノットに制限されている。防衛庁はやむなく防衛庁設置法の「調査・研究」として護衛艦隊を付けて応じた。首相官邸は、なぜか「聞いてない」とむくれたが、ホワイトハウスから感謝の電話がかかり矛を収めたという。

 東日本大震災(2011年)によって東京電力福島第1原子力発電所はメルトダウンの危殆(きたい)に瀕(ひん)した。自衛隊がまごまごしていると、米軍幹部に「日本国民の命を、命に代えて守るのがお前らの仕事ではないのか」と怒鳴られた。慌ててヘリコプターから放水した。

 その映像を見たアメリカ軍は「よし、自衛隊が動いた」と太平洋軍司令官が急遽(きゅうきょ)来日、専門部隊も乗り込んできた。オペレーション・トモダチは一挙に加速されたのである。河野克俊は述懐した。コトが起きた時に「アメリカさん、お願いします」では「絶対にアメリカは動かない」。日米安全保障条約を生かすも殺すも、日本の断固たる決意と弛(たゆ)まぬ努力あっての話なのである。「天は自ら佑(たす)くる者を佑く」はいまも生きている。

(文中敬称略)

(政治評論家)