安倍首相の消費税増税再延期を「無責任」と断罪する各誌の無責任さ
◆こぞって批判の論調
安倍晋三首相は6月1日、2017年4月予定の消費税率10%引き上げを19年10月まで2年半延期することを正式に表明した。消費税率10%への引き上げに関して安倍首相は14年の衆院選解散時に1年半の延期を決定し、再延期はしないことを約束していた。今回の再延期決定に対して同首相は、「世界経済の下方リスクは高まっている。内需を腰折れさせかねない」と理由を述べている。これに対して、経済誌は安倍首相の再延期にこぞって批判の論調を展開している。
週刊東洋経済は6月11日号で、「消費増税の論議を回避 政治の無責任極まれり」と題する記事を掲載。「増税延期宣言は14年11月に続いて2回目となる。『再び延期することはない。ここで皆さんにはっきりとそう断言する』と大見得を切った安倍首相の約束は『新しい判断』の前にいとも簡単に反故にされた」と述べ、「増税しないのなら、消費税を財源にあてこんだ施策をどう実現していくのか。…。(6月)1日の会見で、安倍首相は『財政再建の旗は降ろさない』と述べるだけで、具体的な説明はなかった」と批判した。
週刊ダイヤモンド(6月11日号)の論調はさらにきつい。「リーマンショック並みの危機のうそ」とサブ見出しをつけ、「(増税再延期は)参議院選挙を控えた選挙対策でしかなく、日本経済の将来に禍根を残す愚策となる可能性すらある」と指摘する。安倍首相はかねて「東日本大震災かリーマンショック並みの景気低迷をもたらすような事態が生じた時は増税再延期も考える」と語り、リーマンショック並みの経済危機を増税再延期の根拠としていた。これに対して同誌は、「世界経済リスクがリーマンショック並みに増税ができないほどに高いとは言えないだろう」と反論し、さらに「消費増税をしない方が危険な賭けといえる」と結論付ける。
◆政権存亡かかり慎重
一方、週刊エコノミスト(6月14日号)は他の2誌に比べバランスを取ろうと2人のエコノミストを登場させて消費増税再延期の是非を論じている。再延期賛成はUBS証券シニアエコノミストの青木大樹氏、反対は大和総研シニアエコノミストの長内智氏。青木氏が「消費増税の再延期で財政再建がおぼつかなくなると懸念する声もあるが、経済成長しなければ財政健全化はそもそもおかしい」といえば、長内氏は「“国債バブル”が崩壊して財政破たんすれば、国民生活に甚大な影響が及ぶ。…。長期政権で安定している安倍政権でも増税できなければ2年半後の増税も難しいだろう」と語る。もっともエコノミストは2人を登場させているが、論調は「消費増税の再延期を決断した安倍首相だが、そのツケがより大きなリスクとなって跳ね返ってくる恐れを秘めている」と否定的だ。
経済3誌はおおむね消費増税は政局に関係なく実施すべきであると主張しているが、これまで消費税率引き上げは選挙にとって大きな鬼門であったことも事実。1988年、竹下登内閣の時に税率3%で初めて消費税が導入されたが、その翌年の参院選で自民党は過半数に届かず惨敗。1997年4月、橋本龍太郎内閣で消費税率5%に引き上げられたが、翌年7月の参院選でこれまた自民党が惨敗している。2010年6月、当時、政権与党であった民主党の菅直人首相が消費税10%を打ち出し、同年翌月の参院選に臨んだが、今度は民主党が議席を大きく失った。政権与党にとって消費増税は政権の存亡に関わるため慎重にならざるを得ない状況がここにある。
◆予断許さぬ経済状況
経済の安定もまた政治の安定があってこそ実現する。UBS証券の青木氏が「経済成長しなければ財政健全化はそもそもおかしい」と同誌で述べるように、消費税を導入したものの先のデフレ経済に逆戻りすれば元も子もないのである。ましてや欧州では英国がEU(欧州連合)離脱の是非をめぐって国民投票が近く行われる。仮に国民投票で離脱となれば、それは即、世界経済・金融に影響を及ぼすのは必至で混沌(こんとん)状態となる可能性がある。中国をはじめとして米国、新興国経済が回復の兆しを見せているとはいえ、いまだ予断を許さぬ状況であるのをみれば、そうした事情を考慮せず今回の安倍首相の判断を単に愚策として切り捨てる方こそ無責任といえよう。
(湯朝 肇)