イラク議会選でのサドル師勝利にイランの勢力拡大を懸念するFT紙
◆民主的な選挙に驚き
イラク連邦議会選が12日行われ、かつて反米勢力を率いて、米軍を攻撃していたイスラム教シーア派のサドル師率いる政党連合「改革への行進」が、予想を覆して第1党に躍り出た。隣国シリア、イラン情勢が動揺する中、今後、イラク次期政権がどのような外交を展開するかで、中東情勢は大きく変わってくる可能性がある。
サドル師はイラク戦争当時から、米軍の撤収を求め、武力攻撃を行ってきた。2011年の米軍部隊のイラク撤収は、サドル師の影響が非常に大きかったとされている。
一方でサドル師は、シーア派でありながらイランとも距離を置いており、連立政権の内容によっては、米国とイランとのバランスを取ってきたシーア派のアバディ政権とは違った外交が行われる可能性がある。
英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)は、宗派、民族間の内紛が絶えず、汚職がはびこるイラクで選挙が民主的に実施されたことに驚きを表明した上で、サドル派の勝利にかかわらず、イランは今後も、「イラクでの基盤を放棄することはない」と、イランがイラクでの勢力を拡大する可能性を指摘している。
イラクはシリア内戦でアサド政権への支援を通じて、地中海に抜ける「シーア派の弧」の確立を進めてきた。シーア派が多数派のイラクはその中で、戦略的に重要な位置を占める。その上、米政権がイラン核合意からの離脱を表明したばかりであり、イラクのシーア派との連携強化を求めてくる可能性が高いという。
◆過激派の復活に警鐘
イランの精鋭部隊、革命防衛隊のスレイマニ司令官がイラクを訪れており、FT紙は、「アミリ氏のPMF(人民動員軍、シーア派民兵組織)とマリキ氏(元首相)を連立の中枢に据えようとしている」と、親イランのシーア派政権樹立への連立工作の可能性を指摘している。
イラクでは、マリキ首相によるシーア派優遇政治がスンニ派の反発を招き、過激派組織「イスラム国」(IS)の誕生つながったという苦い経験がある。現在のアバディ政権は、米国とイランとの関係のバランスを取り、国内情勢の安定を図ってきた。極端なシーア派寄りの政権に戻ることが、混乱を誘発するのは間違いない。
FT紙は「国民の利益を無視して派閥の利益を追及したり、権力を分担することなく派閥だけを優先すれば、聖戦の復活への門を開くことになる」と、イスラム過激派組織の復活に警鐘を鳴らした。
その上で、サドル師の勝利はイラクにとって「望ましい」ことだと歓迎、「連携はしなかったものの、IS掃討で一致して戦った米国とイランは、イラクの安定へ、歩調を合わせるべきだ」と、バランスの取れた次期連立政権への米、イランの支援に期待を表明した。
一方、カタールの衛星テレビ局アルジャジーラは、「サドル師の、反イラン、反米の姿勢が、既存のイラクの利害関係を揺さぶる」と、政治的混乱の可能性を指摘している。
「イランは、(サドル師の)政党連合の支配を許さないことを公言しており、サドル師派を孤立させ、分断させようとするだろうとみる専門家は多い」と、イランが警戒感を強めていることを指摘した。
◆強まる米軍撤収圧力
米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)は「反米聖職者の勢力拡大で国防総省の計画が頓挫する」と、イラクで米軍撤収圧力が強まるとの見方を明らかにしている。
米軍は14年のISの台頭を受けて派兵、現在4500人が、IS掃討作戦でイラク軍を支援、訓練するために駐留している。IS掃討がほぼ完了した今、撤収要求が高まることは考えられる。
さらに、イラン核合意からの離脱が「事態を複雑」にしているという。
「両国関係の雪解けが、IS掃討での間接的な連携を可能にしてきた」ため、核合意離脱による関係悪化によって、ISの残党との戦いに支障を来す可能性があるからだ。
トランプ米大統領は既に、シリアからの米軍撤収の意向を表明、国防総省はこれに反対している。NYT紙は「サドル師が米軍撤収を求めた場合、トランプ氏はどうするのだろう」とトランプ氏のシリア、イラク政策に懸念を表明している。
(本田隆文)