トランプ氏の権限委譲型安保

アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員 加瀬 みき

加瀬 みき

文民統制とは相いれず
いまだ示さぬ包括的ビジョン

 6月半ば、ジェームス・マティス米国防長官はアフガニスタン駐留米軍規模決定権を大統領に与えられたと発表した。その約1カ月前には、マティス長官はシリアおよびイラクにおける米軍規模決定も任された。

 トランプ米大統領はマティス長官を非常に高く評価し、畏敬の念を抱いているとも言える。また大統領候補時代から軍の強化、予算の増加を訴えてきたが、予算案では国務省などが大幅に予算を削減されるのに比べ、国防予算は10%の増加となっている。

 米軍強化、マティス長官への駐留規模決定権委譲は、そうしたトランプ氏の姿勢に合致していると言える。マティス長官は大統領の判断は両者で何カ月にもわたり駐留レベルを論じた結果と述べ、議会や専門家たちは、外交安全保障政策の素人である大統領が、経験・人物・威信とあらゆる面ではるかに信頼のおけるマティス長官に判断を任せることに安堵(あんど)の気持ちは隠せない。

 しかし厳密には文民統制というルールとは相いれない。文民統制は憲法に規定された体制であるが、民主主義の精神から軍が暴走することを防ぐことだけが理由ではない。より広く一国の利害、安全保障体制を包括的に考慮し最適の判断を下すための賢明な仕組みでもある。

 軍が駐留規模を決定できることに軍事作戦上の利点があるのは間違いない。オバマ前米大統領はこと細かな情報を求め、長い熟慮の末政策を決定することで知られていたが、時間がかかり過ぎ、また細かな判断をいちいち求めざるを得ないことで、軍の行動が鈍り、柔軟性が失われるとの批判があった。それに比し、国防長官に駐留規模の決定権があれば、現場の状況に応じ、兵の数ばかりかいかなる種類の部隊を送るかも早急に決めることができる。両大統領下における軍事作戦実施の違いは4月にアフガニスタンで大規模爆風爆弾兵器が使用された際に鮮明にされた。最大の通常兵器の初使用であったのにもかかわらず、現場の指揮官は大統領の指示を求めることを考えもしなかった。

 しかし、駐留規模はアフガニスタン、イラクやシリアでタリバンやいわゆる「イスラム国」(IS)との戦い方を決める軍事作戦であるだけでなく、中長期政策の指針でもある。アフガニスタンから中東におけるアメリカの長期的な政策は何か。平和や安定的な経済成長の基盤を築くのに積極的に関わるのか。中東地域とアジアにおける軍事力配備のバランスをいかにするのか。そうした大きな政策を決定するのは大統領の責任である。しかし、マティス長官も認めるようにいまだにはっきりとした戦略はない。

 一方、北朝鮮政策をみると、トランプ大統領は習近平中国国家主席が北朝鮮を説得することにかけた。初会談で信頼関係を結べたとし、北朝鮮に唯一最大の影響力のある中国がこれまでになく厳しい制裁などを通し、北朝鮮の核やミサイル開発停止を促すと信じ、その代償として中国に対する為替や貿易上の厳しい姿勢をひっくり返した。

 しかし、北朝鮮で1年半拘束され昏睡(こんすい)状態で戻されたオットー・ワームビア氏が死亡した直後、トランプ大統領は中国を頼りにした政策が成功しなかったことを認めるツイートをした。中国政策のベテランや中国と北朝鮮の関係に詳しい人々はトランプ氏が習近平氏にうまくおだてられ、すっかり乗せられ、中国に北朝鮮政策を任せる間に北朝鮮がさらに核やミサイル開発を進めることを心配したが、その通りになった。トランプ―習会談後に6回はミサイル実験を行い、核弾頭のミニチュア化の成功も近いとみられている。アメリカに核弾頭を積んだミサイルを落とすという金正恩の脅しは、徐々に真実味を帯びている。

 トランプ大統領は外交・安全保障でも貿易でも一対一の関係しか信じない。一対一であれば、自分の優れた交渉能力により最高のディールを得られる、あるいは相手を説得できると固く信じている。習近平氏に対する姿勢はまさにその代表である。自分の判断能力を過信する故に、北朝鮮の行動に変化が見られなくとも、中国は大変な努力をしたとツイートする。

 一方、初の外遊で明らかであったように、北大西洋条約機構や欧州連合など多数の民主主義指導者たちが集まり、互いの複雑な歴史や国益を認めながら議論し共通の政策を生み出し、支え合う体制にはいら立ちを示す。国際秩序を守り、共通の敵と戦う武器でもあるといった価値を認めない。

 中東地域の在り方、中国とロシアという新旧の大国との関わり方、難民対策、地球温暖化、テロ、サイバー攻撃、と国際社会が直面する問題はあまりに多く、いずれもアメリカの指導力の発揮が求められる。他国の指導者たちや国際組織との協調も欠かせない。

 しかし、トランプ大統領からはいまだに外交政策の指針や包括的なビジョンは聞こえてこない。聞こえるのは、軍事力への絶対的な信頼とオバマ政策の否定である。集中力30秒、一切新聞も本も読まず、資料は写真や図が占める一枚紙が限界といわれる大統領は一対一のディールに専念し国内外の複雑な要因を取り込み、協調を図り、対策を練るのは「軍人学者」と評価されるマティス長官に任せたようである。

(かせ・みき)