決行された断食月のISテロ
米仏土等、邦人も犠牲
支配地域減少で“聖戦”促す
イスラーム世界は6月6日の新月から7月7日の新月までの30日間、イスラーム歴9月のラマダン月(断食月)に入っていた。断食月は平和に過ごすことがアッラーによって命じられ、戦争状態の一時停止ばかりか日常生活においても争いごとを避けることが奨励されている。ムスリム、ムスリマは平和な暮らしを楽しむことを心がけ、クラーン(コーラン)を朗誦してアッラーの心に親しむ一方、家族一同で食事を楽しみ、団らんを謳歌することが良い教徒であると教示されている。
しかし、アラブ・イスラーム世界の現状は、この命に反して乱の中にあり、アッラーの命令は完全に無視されているかのようだ。
内戦はイエーメン、シリア、リビア、イラクにまたがり、アフガニスタン、パキスタン、バングラディッシュの東方イスラーム世界、そしてアフリカのイスラーム圏にも及びイスラーム教徒同士の争いは終わりを知らないかのように激しさを増している。各争いの舞台にはイスラーム回帰運動を唱える過激派と呼ばれる集団の姿が見られ、「聖なる断食月」を「血の断食月」に変えるほどその行為は非イスラーム的である。
イスラーム教の世界ではアッラーと教徒が個々において直接的に結びついているとされ、教徒が他の教徒の行為に対して是非の判断をすることができないため、外部の者が期待するイスラーム世界からの批判を聞くことはできないが、多くのイスラーム教徒は戦争を否定し、テロを禁じることが正しいアッラーの教えであると信じている。
断食月の開扉を前にして、誰よりもアッラーの教えに従順に従うのがイスラーム回帰運動を展開している者たちの本道であるが、IS(「イスラム国」)は、アメリカ、ヨーロッパ在住のイスラーム教徒に対して聖戦の決行を促す声明を発表、テロの敢行を奨励した。それに呼応するかのようにアメリカのフロリダ州オーランドでテロが起きた。また、フランスで警察官夫妻が殺害された。双方ともISの呼び掛けに応じたテロ事件であり、これまでフランス、ベルギーで起きた事件と同様、聖戦に懸けた自殺願望者の起こしたテロである。これに対し、ISは彼らの行為を正当な行為とし彼等は殉教したと宣した。この宣言によってイスラーム教では禁じられている自殺も「聖なる行為」として認識され、テロリストは来世における生活を約束された。
世界はISからの具体的な直接命令があったか否かを気にしているようであるが、ISのテロへの呼び掛けには具体性がない。彼らはIS支援者がいかに多く存在しているかを世界に示すためにイスラーム教徒にして自殺願望者もしくは協賛者に対する要請としてテロ行為を発するのである。
今、ISは追い詰められ支配地域が減少している状況下にある。これを阻止するためにはIS軍に対する欧米支援国の下で討伐にあたるアラブとクルド軍に対する行動をできるだけ押さえる環境を作らなければならない。それを実現する方法として欧米諸国の一般市民を大量に殺害し市民に恐怖心を与え、ISに対する敵対集団である支援国への参加を停止させるつもりだ。それはテロ本来の目的に沿う行動である。
今、ISが置かれているシリア、イラクの現状を考えると、支援国を減少させることが生き残るために必要不可欠な戦術となる。その意味でISの現状は「神にすがる思い」であると言えるが、ISの裾野は広く複雑な構造を持ち、現状からの後退は新たな地域への拡散拡張に繋がり、イラク、シリア以外の国での新たな進出が始まっている。
その懸念の中、トルコ・イスタンブールのアタチュルク国際空港が不明確な自爆型テロリストにより襲撃され、40人以上の犠牲者を出す事件が起きた。トルコ首相はISの手によるものであると明言しているが、実行犯が中央アジア出身者の3人でありトルコに恨みを持つトルコ在住者ではない。また、ISもこの事件には何ら声明を出さず彼らがISが認めた聖戦参加者ではないことを暗示させた。しかし、トルコは現時点にいたるもISの仕業であるという説を変えていない。
そして、バングラディッシュでレストランが襲われ日本人が犠牲になると言うテロ事件が起きた。この事件に関してバングラディッシュ当局はISではないとし、犯行は反政府勢力によって行われたとしてあくまでも国内問題であるとした。犯人グループがIS支部の聖戦であると宣しているにもかかわらず、バングラディッシュは異なった見解を示した。
いずれにしろトルコの事件、ダッカの事件双方とも前者は観光事業を襲撃、後者は国家インフラ整備の従事者を襲い、現政権の弱体化を目的とした犯行である。自殺を聖戦の殉教者に変えるというISにとって宣伝的な効果を持つというものではない。この二つの事件、特にダッカ・高級レストラン襲撃事件は明らかにISがバングラディッシュ進出を考えていることを示唆したものといえる。かつてチュニジアのホテルが襲撃され観光客の激減、経済危機、政権不安定という現象を招いた事件と同様、IS拡張を暗示させた事件といえる。
(あつみ・けんじ)