トランプ大統領の中東版NATOは「幻想」と主張する米紙WSJ

◆一枚岩でないGCC

 トランプ米大統領が昨年5月のサウジアラビア訪問時に提唱した「中東戦略同盟」(MESA)だが、実現への進展が見えない。米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は、「トランプ氏のアラブNATOの夢は幻想」と発足へ否定的な見方を示した。提唱から1年半たつが、アラブ内でも反応はさまざまで、各国の複雑な事情を反映している。

 MESAは、中東版NATO(北大西洋条約機構)、アラブ版NATOと呼ばれ、アラブ諸国を軍事的、経済的にまとめ上げることを目指す構想だ。サウジなど湾岸協力会議(GCC)を構成するペルシャ湾岸の6カ国と、アラブの大国エジプト、ヨルダンの参加が見込まれている。

 GCCは、1979年のイラン革命、翌年のイラン・イラク戦争の勃発など、地域の安全保障上の脅威に対抗するために発足した。いずれもイスラム教シーア派国家であるイランと一線を画すという点で一致するものの、一枚岩とは言えないのが現状だ。

 WSJは、トランプ大統領は「50人のスンニ派アラブ、アフリカ諸国の指導者らの前で、シーア派イランに対抗するサウジ主導のスンニ派同盟」の構想をぶち上げたが、「強硬派のアラブ首長国連邦(UAE)の後押しを受ける一方で、カタールとの断交を決めた」と、加盟国カタールをめぐるGCC内の対立を、MESA実現への大きなハードルとして挙げている。

◆域内紛争に違う対応

 カタールは中東最大の米軍基地を受け入れる一方で、トランプ政権が敵視するイランに接近しており、湾岸諸国は神経をとがらせている。カタールは、イランにつながるペルシャ湾の海底ガス田の共同開発を開始するなど、イランとの関係を深めている。

 オバマ前政権が、イラン寄りの姿勢を強め、アラブ諸国の不評を買ったのと反対に、トランプ政権は、イラン核合意から離脱するなど、反イランへと百八十度転換した。イラン包囲網の構築へ米国との協力を強化したかった湾岸諸国にとって、オバマ氏のイラン接近は裏切り行為と映ったはずだ。

 また、GCCは2011年の民主化運動「アラブの春」の影響を受けて勃発した「バーレーンでのシーア派住民の蜂起に対し、軍を派遣し鎮圧した」ものの、イエメンでは、「米国製の兵器で武装したサウジですら、イランの支援を受ける寄せ集めのフーシ派に手を焼いている」と、ムハンマド皇太子が事実上率いるサウジの戦略的失敗を指摘した。

 同紙は「ムハンマド皇太子の冒険主義への支持は表面的」と指摘する。UAEはサウジと共にフーシ派攻撃に乗り出しているものの、「中東最強の軍隊を持つエジプトは、イエメンへの介入を拒否」、域内の紛争への対応でも各国で割れている。

◆威信低下するサウジ

 サウジ・カタール関係も最近になって悪化した。ムハンマド皇太子は10月初めにクウェートを訪問し、「両国間の中立地帯にある油田をめぐる対立を解消し、カタール問題での中立的姿勢をやめさせようとした」ものの失敗し、クウェートとの関係はかえって悪化した。

 そのわずか2週間後、カタールはトルコとの防衛協力で合意した。トルコは、「宿敵カタール、イランに近く、サウジ人記者ジャマル・カショギ氏の殺害をめぐっても対立」しており、サウジ・カタール関係に影を落とすのは確実だ。

 さらに追い打ちをかけるように、イスラエルのネタニヤフ首相が10月、GCC加盟国オマーンを電撃訪問した。「ムハンマド皇太子の行動に懸念が強まる中、米国にとってのオマーンの価値を引き上げる狙いではないか」とWSJは指摘、サウジの威信の低下につながることは間違いない。

 また、中東のテレビ局アルアラビーヤで政治アナリスト、アブドラ・シナウィ氏は、MESAについて、エジプト、ヨルダンはイスラエルと国交があり、GCC加盟国ではないため、「同盟がイスラエルとの関係正常化につながり、地域内の大変革につながる。パレスチナ問題にも悪影響が及ぶ」と中東全域への影響の可能性を指摘した。

 アラブ各国間の同盟構想はこれまでにも存在したが、WSJは「トランプ氏は『アラブ版NATO』を実現する大統領にはなれそうにない。トランプ氏の主な関心事はカネだ」と厳しい見方を表明した。

(本田隆文)