ベネズエラ、経済危機で難民大量流出

南米全体を揺さぶる恐れ

 反米左派マドゥロ政権下で経済崩壊の危機に直面している南米ベネズエラ。食料や医薬品が慢性的に不足する状況は、南米発の「難民危機」につながりかねないと懸念されている。(サンパウロ・綾村悟)

ブラジルでは暴動事件も

 1998年から続くベネズエラの反米左派政権は、ウゴ・チャベス前大統領(2013年3月がんで死去)が提唱した「21世紀型社会主義の実現」を目指してきた。現在のマドゥロ大統領は、チャベス氏の後継者だ。

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ブラジル・ロマイナ州のベネズエラ難民キャンプ(Abr/ブラジル通信)

 南米きっての反米左派政権は、世界最大級の原油埋蔵量を背景に中南米の左派政権を支援。その勢いはチャベス氏のカリスマ性も手伝い、中南米カリブ海諸国共同体(CELAC)や、南米版CNNを目指したテレビ局「テレスール」の設立などにつながった。

 しかし、近年のベネズエラは、原油生産量の落ち込みや放漫財政で経済が停滞、財政破綻に近い状況の中で外貨不足とハイパーインフレに苦しんでいる。

 外貨不足は、国民生活の生命線である食料や医薬品の輸入が滞る事態を生み、反政府デモに加えて食料品店の打ち壊しにまで発展した。また、医薬品不足から新生児の死亡率も上昇、国境を接するブラジルには妊婦が押し寄せている。

 ブラジルメディアによると、ベネズエラに隣接するロマイナ州では、今年上半期だけで571人のベネズエラ人新生児が同州内の病院で生まれており、既に昨年1年間の566人を超えた。同州全体の出産数は年間4千人前後だ。

 同州では、妊婦を含む患者の受け入れが限界を超えているだけでなく、ベネズエラから国境を越えてくる妊婦や子供たちは、極度の栄養失調やワクチン不足から伝染病にかかっているケースもある。

 さらに、ブラジルなど近隣諸国を悩ませているのが、ベネズエラから毎日にように押し寄せる難民だ。難民は、隣国ブラジルやコロンビアだけでなく、ペルーやエクアドルにまでやって来ており、国連の試算では、今年6月までにベネズエラを脱出した難民は200万人を超えるとされる。

 こうした中、今月18日にロマイナ州で衝撃的な事件が発生した。国境の街パカライマでブラジル人の集団がベネズエラ人の難民キャンプなどを襲撃、テントを燃やすなど難民排斥の暴動を起こした。この暴動を受け、約1200人のベネズエラ人が国境を越えて一時帰国することを選択した。

 襲撃事件の原因となったのが、パカライマで17日に発生した強盗事件だ。ベネズエラ人の4人組がブラジル人宅に押し入り、一家の主を暴行し、現金2万3000レアル(約64万円)を強奪した。以前からベネズエラ人の流入で治安悪化が問題となっており、強盗事件を契機にブラジル人の反難民感情に火が付いた形だ。

 この事件を受け、ロマイナ州政府は、事態悪化を避けるために国境の一時封鎖を求めた。だが、ブラジル政府は「隣人を受け入れる寛容性が必要」(テメル大統領)として、人道的見地から国境封鎖には慎重な姿勢を見せており、国軍を派遣して治安維持を図るとともに、ロマイナ州に流入した難民をブラジル各州で分散して受け入れることなどを検討している。

 ブラジルは、多くの移民で成り立つ多民族国家でもあり、南米最大の経済大国としてハイチやシリアなど多くの難民を受け入れてきた歴史がある。ただ、ブラジルは何年も続いた深刻な景気後退で国内経済が傷ついており、失業率も高止まりしている。今後、さらに多くのベネズエラ難民がブラジルに押し寄せた場合、世論がどのように反応するかは未知数だ。

 一方、国連関係者は、ベネズエラの経済情勢がさらに悪化した場合、欧州で発生した難民危機の南米版になる恐れさえあると懸念を強めている。エクアドルは、9月半ばに難民対策の会議を開催することを提案、南米各国に参加を呼び掛けている。

 南米各国は、欧州に比べると財政基盤が弱く、膨大な数のベネズエラ人が国外脱出を図った場合、南米全体が大きな社会不安を抱えることにもなりかねない。