教会は性的虐待の責任取れ
米コラムニスト マーク・ティーセン
枢機卿が隠蔽工作
独立した調査が必要
ローマ法王パウロ6世は1972年に「サタンの煙が神の宮に入った」と警告した。ペンシルベニア州大陪審の報告は、この煙を思い出させる。報告書は、300人以上の司祭が、ペンシルベニア州の六つの教区で1000人以上の子供に性的虐待を加えていたと指摘、その司祭の中には、現在、ワシントン大司教を務めるドナルド・ワール枢機卿(すうききょう)が18年にわたって管轄したピッツバーグ教区の99人の司祭も入っている。
大変な事態だ。報告書は、「調査の過程で大陪審は、略奪的司祭の集団が(ピッツバーグ)教区内で活動し、被害者に関する情報を共有し、互いに被害者を交換していたことを発見した。そればかりかこの集団は、児童ポルノを作製し、被害者をレイプする際にむち、暴力を使い、サディズムを実行していた」と指摘している。ペンシルベニア州のジョシュ・シャピロ司法長官によると、「(ジョージと名付けられた1人の被害者は)教区司祭館で、ベッドの上に裸で立たされ、司祭らの前で十字架上のキリストの姿勢を取らされた。司祭らはその写真を撮り、作製した児童ポルノのコレクションに加え、教会内で共有した」という。子供を虐待し、「キリストの受難」を愚弄(ぐろう)するもので不愉快極まりない。
◇虐待の訴え通報せず
ワール枢機卿は、1988年から2006年の間、ピッツバーグの司教を務めた。その間に、複数の司祭を罰し、わざわざバチカンに行って1人の司祭を復職させる命令に反対した。しかし、大陪審によるとワール枢機卿は、別の略奪的司祭らを再任させ、その中にはジョージを「仕込み」、司祭の集団に引き合わせて写真を撮らせた司祭もいた。ワール枢機卿が、和解の一環として、第三者に虐待について話すことを禁じる「秘密保持契約」に署名することを被害者に要求したケースも少なくとも一例あったという。
つまり隠蔽(いんぺい)工作だ。さらに大陪審は、ワール枢機卿の指導の下にあった教区が、虐待の訴えを警察に通報せず、有罪判決を受け懲役刑を言い渡された司祭を擁護し、釈放後にはこの腐敗した司祭に1万1542㌦68セントを一括で支給したと指摘している。
カトリック教会では、別の大変な不祥事が起き、非難を受けたばかりだ。ワール・ワシントン大司教の前任者だったセオドア・マカリック枢機卿が、神学生や若い司祭らに性的虐待を加え、自らが洗礼を施した少年に、11歳の時から20年近くにわたってわいせつな行為を働いていた。
マカリック枢機卿の事件の後、ワール枢機卿は「それほど重大な危機とは思わない」と言い切った。大司教様にこう言いたい。
これは、非常に重大な危機だ。周辺の司教とバチカンが性的略奪者だと何度も警告していたにもかかわらず、マカリック枢機卿が高い地位へと上ることが許されたのはなぜなのか。虐待を知っていたのは誰なのか。誰が手助けしたのか。こうして見て見ぬ振りをすることで、ワール枢機卿のピッツバーグ教区で何十年もの間、性的略奪がはびこり、同じように見て見ぬ振りをすることで、マカリック枢機卿がほんの数週間前まで、米国で強い影響力を持つ枢機卿の1人でいることが可能になった。
◇傷ついた教会の名誉
ごく一部の腐ったリンゴを取り除くだけで終わらせてはならない。カトリック教会の聖職者の中にいる虐待者集団とそれを助ける者らを取り除かなければならない。見逃され、無視されたすべての報告、秘密保持契約の下で隠蔽されたすべての虐待を白日の下にさらさなければならない。虐待を見て見ぬ振りをしたり、隠蔽に手を貸したりした司教、枢機卿らは、共犯者であり、排除すべきだ。教会を浄化しなければならない。沈黙による共謀は終わりだ。
これを実行するには、独立した調査しかない。教会は、内部調査も自己管理もできないことがはっきりした。これは、スキャンダルが発生して16年たってようやく大陪審によって残虐な虐待の詳細が新たに明らかになったことで裏付けられた。私の仕事仲間でもあるアメリカン・エンタープライズ研究所のマイケル・ストレイン氏は、フランク・キーティング元オクラホマ州知事に調査を主導させることを求めている。同氏は、連邦検事を務め、敬虔(けいけん)なカトリック信者でもある。
03年に、司教らによる虐待の隠蔽をマフィアに例えたことで謝罪を求められたが、拒否し、教会が任命した平信徒からなる虐待調査委員会を辞任した。この仕事には打ってつけだ。
司教らは、被害者を裏切っただけでなく、教会の名誉を傷つけ、教義の権威を損ね、数多くの人々にキリストに背を向けさせた。司教らの行動と不作為によって、どれだけの人々が告解をやめ、秘跡から離れていったかは知るよしもないが、「マルコによる福音書」の次の一節を思い返してみるべきだ。イエスは「わたしを信じるこれらの小さな者の一人をつまずかせる者は、大きな石臼を首に懸けられて、海に投げ込まれてしまう方がはるかによい」と訴えた。悔い改めるべき時だ。悔い改めには、責任を取ることが必要だ。責任を取るには辞職すべきだ。ワール枢機卿はそこから始めるべきだ。
(8月17日)