米福音派の使徒、ペンス氏

佐藤 唯行獨協大学教授 佐藤 唯行

トランプ政権との仲介役
信仰に基づきイスラエル擁護

 1月22日、米副大統領マイク・ペンスはイスラエル国会で米中東政策の基本路線を覆す画期的な演説を行った。それは現在テルアビブに置かれている米大使館のエルサレム移転を2019年末までに実施するという内容だった。これによりペンスは議員団から「総立ちの喝采」という栄誉を博したのだ。議員団の熱狂ぶりには訳がある。イスラエルという国は自国の首都が国際社会から公式に承認されていないという屈辱に耐え続ける唯一の国だからだ。

 エルサレムはユダヤ教のみならずイスラム教にとっても重要な聖地であるため、「ユダヤ人国家の首都」として認めることに国際社会は二の足を踏んでいるのだ。とりわけ難題はパレスチナ側がエルサレムを将来、自国の首都にすると宣言している点だ。こうした状況の下、紛争の鎮静化を望む世界各国は自国の大使館設置を躊躇(ちゅうちょ)せざるを得ないのだ。エルサレムに大使館を置けば、その国はエルサレムを自国の首都であると主張するイスラエル側の言い分を認めてしまうことになるからだ。事実、エルサレムに自国の大使館を設置している国は一つとしてない。

 このような状況下でのペンス演説はイスラエル側を大いに喜ばしたのである。

 国際社会からの猛反発を食らってまでも米トランプ政権がイスラエルに肩入れする理由は、11月の中間選挙をにらんでの米国内の支持基盤固めだ。最大の支持基盤であるキリスト教福音派と政治資金源であるシオニスト系ユダヤ富豪層をつなぎ止めておくための布石に他ならない。この内、福音派は特に重要だ。米有権者人口の4分の1を占める米最大の宗教勢力であると同時に、共和党を支える最大の票田だからだ。一昨年の米大統領選でも福音派の8割強がトランプに投票したと複数の投票所出口調査は伝えている。同派はトランプ政権を支える生命線なのだ。この福音派こそ昨年末のトランプによる「エルサレム首都承認」と今回のペンスによる「米大使館のエルサレム移転声明」を促した中心勢力だったのだ。

 ユダヤ人ではない福音派がイスラエルに強く肩入れする理由は、彼ら独自の終末論的神学思想による。彼らはイスラエル建国を神の預言の成就と見なし、太古の昔にユダヤ人が神から約束された土地を全て手に入れることがキリスト再臨の前提条件と信じる人々なのだ。こうした神学思想を奉じる福音派はイスラエルを強く応援しないと神の叱責を受けると考えているのだ。

 福音派とトランプ。両者の同盟関係はすんなり成立したわけではない。富と権力を見せびらかし、離婚を繰り返すトランプの私生活は、福音派にとり容認し難いものであったからだ。けれどこうしたトランプの欠点には目をつぶり、長所に期待したのだ。長所とは福音派を冷遇してきた歴代大統領と異なり、その声に耳を傾け、政策に反映させようとするトランプの歩み寄り姿勢である。ここに両者の利害が一致したのだ。福音派とトランプ。両者は相思相愛の間柄ではない。共に相手を利用し合う算盤(そろばん)ずくの政略結婚と言えよう。

 両者の同盟成立によって同派の敬虔(けいけん)な信徒ペンスが副大統領に起用され、このたび「福音派の使徒」としてイスラエル国会に赴き、くだんの演説を行ったというわけだ。

 次にペンスという政治家がイスラエルとどう向き合ってきたのかみてみよう。2000年に米下院に初当選したペンスは下院の中東・南アジア小委員会に所属し、議会内で中東問題の専門家としてキャリアを築いてきた。この小委員会はユダヤ・ロビーの代理人を務めるユダヤ系議員の存在感が強く、ペンスにとり親イスラエル人脈を築く機会ともなった。

 彼の姿勢は一貫してイスラエル擁護で貫かれていた。03年、ペンスは当時のイスラエル首相シャロンに対し、占領地からの撤退はテロリストの跋扈(ばっこ)を招くだけだと助言している。05年、シャロン政権が占領地ガザ地区からの撤退に踏み切った際には、ペンスは悔しさをこらえ唇をかみしめたという。ペンスにとりイスラエルという国は聖書の預言に基づいて設立された神聖な国であり、その領土を人間の判断で手放すことは神への冒涜(ぼうとく)に他ならなかったのだ。イスラエル軍撤退によりテロリストの出撃基地と化したガザ地区に対しイスラエルは封鎖を断行する。この時、イスラエルへの一方的非難を始めた国際世論に対し、ペンスはガザ封鎖を擁護することでキリスト教シオニストとしての矜持(きょうじ)を示したのだ。

 このような前歴を持つペンスが福音派とトランプ政権を結ぶパイプ役を果たすことを期待され、副大統領に起用され、今回、「米福音派の使徒」としてイスラエル国会へ派遣されたのは当然の出来事であったと言えよう。目立たず腰の低い印象故に「トランプのイエスマン」と揶揄(やゆ)されることもあったペンスではあるが、実は福音派という米政治を動かす隠然たる宗教・政治勢力の代弁者でもあるという事実は、わが国ではあまり知られていないのである。

(さとう・ただゆき)