トランプ氏の「罪」と弾劾

アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員 加瀬 みき

加瀬 みき1

不用意発言で問題拡大
マラー氏が大統領救う公算も

 トランプ米大統領のコーミー連邦捜査局(FBI)長官解雇をきっかけに、大統領弾劾という言葉がマスコミや議会をにぎわしている。トランプ陣営とロシアとの癒着疑惑捜査のために特別検察官としてロバート・マラー元FBI長官も任命された。

 トランプ大統領の「罪」は何であり、弾劾はあり得るのであろうか。弾劾は、下院の過半数の賛成でいわば起訴となり、上院の3分の2の賛成で有罪が決定し、罷免となる。弾劾の対象となるのは、大統領、副大統領、そして議員や閣僚、裁判官など全ての文官だが、当然大統領の弾劾はその中でも最も深刻な政治行為である。これまでに下院で弾劾判決が出た大統領は、アンドリュー・ジョンソンとビル・クリントンの2人だが、両氏ともに上院で無罪となっている。リチャード・ニクソンは辞任したので、これまで罷免になった大統領はいない。弾劾の理由となるのは、反逆罪や収賄罪などの重罪ばかりか軽罪も含まれる。

 トランプ大統領をめぐる疑惑は大統領就任前から問題となっていたトランプ陣営とロシアとの癒着である。中央情報局(CIA)をはじめアメリカの情報機関が、ロシア政府がアメリカの大統領選挙の行方に影響を与えようとしていたと断定しているが、そのロシアとトランプ陣営との癒着、そして側近のロシアやウクライナの親ロシア陣営からの収賄が問われている。安全保障関係ではほぼ唯一の選挙参謀であり、初代国家安全保障担当補佐官(NSA)であったマイケル・フリン氏は、同問題で辞任を余儀なくされた。フリン氏は、ロシアから講演料やロシアの公共テレビ出演料を得ていたが、トランプ氏の大統領就任前から、対ロシア制裁見直しをロシア大使と協議していた疑いが持たれている。その上ホワイトハウスはフリン氏が連邦捜査の対象になることを知りながら、大統領は同氏をNSAに任命した。他にもポール・マノフォード元選挙対策委員長、カーター・ページ元外交顧問、そして側近中の側近である娘婿ジャレッド・クシュナー氏にもロシアをめぐる嫌疑が掛けられている。

 同じく大統領選挙中からトランプ氏が深く信頼していたジェフ・セッションズ司法長官は、司法長官承認のための公聴会でロシアとの関係を否定し、その後ロシア大使との接触が明らかになったことから、ロシアとトランプ陣営をめぐるあらゆる捜査から身を引かざるを得なくなっている。

 一方トランプ氏がコーミー長官を解雇したのはFBIによるロシアとトランプ陣営の癒着疑惑捜査のためであったことが大統領本人の発言で明らかになっているが、さらに大統領は年初にはコーミー氏に「忠誠」を求め、2月には一対一の会話でフリン氏に対する捜査を中止するよう要請した、と報道されている。いずれもトランプ氏本人と選挙参謀や側近たちのロシアとの違法な関わりの捜査を妨げようとする司法妨害の可能性は高い。

 トランプ氏に対しては、ロシア大使に機密情報を漏洩(ろうえい)したという批判もある。しかし、大統領には情報を機密扱いにする権限も、それを解除する権限もあり、たとえ敵に対してでも機密情報を伝えるのは違法とは言えない。

 大統領の側近がロシアと癒着し、さらには賄賂と受け止められる金銭を授与していたとしても、トランプ氏の犯罪とは言えない。たとえロシアとトランプ陣営が結託しトランプ候補が有利になるように画策したとしても、それ自体は罪となるわけではない。アメリカも他国の選挙に影響を与えようとしてきたのは知られている。コーミー氏との二人だけの会話はトランプ氏が主張するように録音があるのでなければ、絶対的な真実は分からない。

 コーミー氏の解雇はロシア関連捜査の中止を狙ってのものであるのは明らかで、司法妨害と言えるかもしれないが、そもそもロシアとトランプ陣営の関係には犯罪が絡んでいたのであろうか。クリントン候補に不利な情報を流すなどのロシアの大統領選挙介入をトランプ陣営が利用したかもしれない。側近の中には賄賂や機密漏洩の罪を犯した者がいるかもしれない。しかし、大統領の弾劾を招くほどの罪が犯された形跡は今のところ薄そうである。

 問題を大きくしているのは、むしろトランプ氏の衝動的で不用意な発言である。トランプ氏は悪性自己愛症候群と精神科医たちが指摘しているが、ジョージ・ワシントン大学のジナー教授は、トランプ氏には不安定な自尊心と尊大さが共存し、批判は認められず問題は他人のせいにする、衝動に駆られ、自分をコントロールできない、と分析している。

 マラー氏は国家への忠誠を第一とし、事実を徹底的に追い求める絶対的な信頼のある公僕として知られる。同氏の到達する結論には、トランプ氏の敵も味方も受け入れざるを得ないであろう。そうした人物の特別検察官任命をトランプ氏は「自分は魔女狩りにあっている」とツイートしたが、皮肉なことにマラー氏はトランプ政権を救うことになるかもしれない。

(かせ・みき)