トランプ政権、不法移民摘発で聖域都市と対立

 トランプ米大統領は就任以来、大統領令を連発してきた。最も大きな議論を引き起こしているのは移民政策に関するものだろう。移民政策は安全保障、経済、外交など多くの分野に関係し、影響が大きい。
(ワシントン・久保田秀明)

移民への強硬姿勢を軟化
就労800万人には納税で合法化検討
イスラム関連大統領令に連邦地裁が差し止め命令

 米国の移民政策の焦点は、米国内の1100万人の不法移民をどうするか、海外からの新たな入国をどうするかに絞られる。トランプ氏は大統領選で分裂した国民の結束を望んでいるが、移民政策は米国社会の分断をさらに深めた。

トランプ氏

2月6日、米フロリダ州タンパのマクディル空軍基地で、過激なイスラム・テロリストを殲滅(せんめつ)し、テロが米国内に「根付かない」ようにすると強気の演説を行うトランプ大統領(AFP=時事)

 トランプ氏は、米国内不法移民の凶悪犯の問題を大きく取り上げ、殺人や強姦(ごうかん)をしていると非難、強制送還を主張してきた。1月25日には、米国内にいる1100万人の不法移民を摘発し、不法移民を保護するサンクチュアリ・シティー(聖域都市)への連邦補助停止を含む大統領令に署名した。これを受け、米移民税関捜査局(ICE)は2月6日からの週に6州で不法移民摘発を実行し、680人以上を逮捕した。

 全米には不法移民を保護する聖域都市が、ニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴ、フィラデルフィア、ボストンなどの大都市を含め300以上ある。聖域都市の首長は民主党系が多く、人権や経済開発を重視。米国憲法は連邦政府が州や市に何かを強要するのを禁じていることもあって、不法移民摘発への協力を拒む場合が多い。このため、連邦政府と地方自治体の対立が深まっている。

 トランプ氏は、不法移民が米国民の雇用を奪っているという批判もしている。米国内で就労する不法移民は800万人。大半は皿洗いや掃除、建設作業、農作物の収穫など「米国民がやりたがらない」仕事に就く。米国の飲食業労働者1400万人のうち不法移民は130万人という。米国社会は今や、不法移民の存在なしでは成り立たないのが現実だ。2月16日には「移民不在の日」として、トランプ政権の移民政策に抗議する活動が全米で展開され、不法移民の多くが1日だけ働くのをやめた。各地で多くの飲食店や店が臨時休業に追い込まれた。

 トランプ氏が2月28日に米議会上下両院合同会議で行った演説では、不法移民の凶悪犯罪者を再び激しく非難した。トランプ氏が演説に招待した特別ゲストは8人いたが、そのうち4人が不法移民に殺害された米国民の遺族だった。200万人以上いるとされる犯罪歴のある不法移民摘発は一層強化される見通しだ。ただトランプ氏は28日の演説前の記者談話で移民制度改革には妥協も必要だとし、移民への強硬姿勢を軟化させた。トランプ氏は現在、米国内に滞在する不法移民に対し、就労を合法化し納税を義務付ける移民制度改革法の検討を開始しているという。実現すれば、大きな方針転換となる。

 移民政策のもう一つの焦点は新規移民対策だ。その対策には、不法移民、麻薬の流入を防ぐ国境の壁建設とテロリストの潜入を防ぐための難民、移民の入国規制がある。トランプ氏は1月25日、メキシコ国境沿いに3200㌔にわたる壁を建設する大統領令に署名した。2月28日の議会演説でも、「間もなく南部国境沿いに大きな壁の建設を始める」と宣言した。トランプ氏は壁建設費を全てメキシコに負担させると主張したため、メキシコとの関係に亀裂を生んだ。

 トランプ氏はテロ対策で、イスラム圏7カ国からの米国入国を90日間禁止し、難民の受け入れを120日間停止する大統領令を出した。全米で激しい反対デモを誘発し、ワシントン州、ミネソタ州、バージニア州などが大統領令に反対する訴訟を提起するなど大きな波紋を引き起こしている。現在、大統領令が公共の利益に反するとして差し止めを要求する訴訟と、大統領令が憲法違反だという2通りの訴訟が進んでいる。前者の訴訟では、シアトルの連邦地方裁判所が差し止め命令を出し、サンフランシスコの連邦高等裁判所がそれを支持した。トランプ政権側の完敗である。違憲訴訟は、2月中旬までに連邦地裁に双方が意見書を提出し、始まったばかりだった。

 トランプ氏は3月6日、イラク、ビザ・米国永住権保有者を適用対象から除外するなど緩和した新大統領令に署名した。ただ、新大統領令に対しても前回同様の訴訟が提起される見通しだ。どちらの訴訟もいずれ連邦最高裁上告は避けられない。トランプ政権は、現在保守派4人、リベラル派4人、欠員1人の連邦最高裁での法廷闘争は、トランプ氏が最高裁判事に指名した保守派のニール・ゴーサッチ判事が承認され有利になるまで待ちたい構えだ。