失踪の米国人、北朝鮮で英語教師か
米下院で拉致の調査求める決議採択
日本との連携強化に期待も
米下院は9月28日、中国雲南省で2004年8月に消息を絶った米国人大学生、デービッド・スネドンさん=失踪当時(24)=が北朝鮮に拉致された疑いがあるとして、米政府に本格的な調査を求める決議を採択した。米国が拉致問題に積極的に取り組めば、日本との連携が深まるなど好影響が期待される。ただ、これまで調査に消極姿勢だった米政府がどこまで関与するかは未知数だ。(ワシントン・岩城喜之)
米政府の動きは未知数
米下院が採択した決議は、今年2月10日に提出されていたもので①北朝鮮政府による拉致の可能性も含めた調査を続ける②スネドンさんを探し出して救出するため、外国政府と連携する③問題解決への取り組みを議会と家族に継続して報告する――ことなどを米国務省や情報機関に対して求めた。同様の決議案は上院にも提出されており、近く採択されるとみられている。
ユタ州出身のスネドンさんは韓国に留学後、中国に一時滞在。旅行先の雲南省で渓谷をハイキング中に行方不明となった。中国当局は川に転落して死亡した可能性が高いとしているが、下院で採択された決議は「物的証拠や生存の目撃証言があることから、(中国当局の)結論を支持しない」と反論した。
スネドンさんは韓国語に堪能なことから、北朝鮮が情報機関関係者の英語教師にするため拉致したとの見方もある。決議では、スネドンさんが失踪する1カ月前に拉致被害者の曽我ひとみさんの夫チャールズ・ジェンキンスさんが北朝鮮を離れていたことから、代役の英語教師として狙われた可能性にも言及した。
スネドンさんの失踪後、父ロイさんと母キャサリーンさんは中国を何度も訪問し、手掛かりを探した。そうした中で、渓谷を越えた先の料理店でスネドンさんを目撃したとする証言も見つかった。また、雲南省では米国人青年が中国国家安全局に一時拘束され、その後、北朝鮮国家保衛部の5人組に連れていかれたとの話もあり、この人物がスネドンさんである可能性が高いとみられている。
韓国の拉致被害者家族でつくる「拉北者家族会」の崔成竜代表は、北朝鮮内の消息筋からの情報としてスネドンさんが北朝鮮にいると指摘する。崔氏によると、スネドンさんはかつて金正恩朝鮮労働党委員長に英語を教えていたとされ、現在も英語教師をしながら平壌に滞在。現地の女性と結婚し、子供が2人いるとの詳細な情報まである。
こうしたことから北朝鮮による拉致の疑いが濃厚になり、今年の夏以降、米国内でもCNNテレビやFOXニュース、ワシントン・ポスト紙など大手メディアが相次いで報道、世間でも徐々に注目を集めだした。
一方、国務省のジョン・カービー報道官は9月1日、スネドンさんの失踪について中国と連絡を取り合っているとしながらも「北朝鮮に拉致されたことを示す確実な証拠はない」と述べるにとどめた。
日本の拉致被害者家族や支援者らは、米政府が被害者救出に積極関与することに期待感を示す声が多い。米国が北朝鮮に対して本腰を入れて対処すれば日米連携が強化され、拉致問題が大きく進展する可能性もあるからだ。
自身の子供がスネドンさんと交流があったことなどから、下院決議案の提出者として名を連ねた共和党のクリス・スチュワート下院議員は「家族は(生存情報の)答えを知る必要があり、私たちはスネドン氏の失踪に関するすべての疑惑を追い求めなければならない」とし、国務省や情報機関に動きだすよう訴えている。
ただ、米政府が本格的な調査にすぐ移るか疑問視する声もある。米有力シンクタンク、ハドソン研究所のメラニー・カークパトリック上級研究員によると、これまでスネドンさんの家族らが国務省に調査を依頼しても、冷たくあしらわれることが多かった。上院で決議が採択されても、当初から中国の説明をそのまま受け入れてきた米政府が、どこまで動くかは未知数だ。
日本人拉致被害者の家族も日本政府や外務省から相手にされない期間が長く続いてきた。懸命の訴えでようやく国民運動まで発展したが、米国でも同じ状況に陥る可能性はゼロではない。
カークパトリック上級研究員はウォール・ストリート・ジャーナル紙への寄稿で、下院の決議が圧力となることを願い次のように強調する。
「米政府はあらゆる手段を尽くして行方不明となった国民を探し出し、家に連れ戻す義務がある」