親イスラエルのトランプ候補
獨協大学教授 佐藤 唯行
ユダヤ富豪多数が同業者
ニューヨーク建設業界で頭角
駐留米軍への負担増を日、韓、独等に強く求めるトランプ。先月の記者会見では「イスラエルも負担した方が良い」とうっかり口をすべらせてしまった。この点を記者団に追及されると、前言を翻し、「飽くまで、ケースバイケースだ。イスラエルは中東で大層我々の役に立っているので他の盟邦とは異なり特別扱いだ」と述べている。また自分が大統領に就任すれば、オバマが推進したイラン核合意を破棄すると、3月21日、在米ユダヤ・ロビーの横綱「アメリカ・イスラエル公共政策委員会」(AIPAC)の総会で明言し、イスラエルのネタニヤフ政権とその在米支援者たちを喜ばせている。
トランプがイスラエルを特別扱いする理由は共和党政治資金の35%を占めるユダヤ・マネーを切望しているからではない。他の候補と異なり、トランプは推定45億㌦もの個人資産の持ち主であるため、ユダヤ・マネー欲しさに在米ユダヤ大富豪にこびる必要はないからだ。自分たちにすり寄らぬトランプの姿勢に苛立ちを感じているのが全米最強のシオニスト系ユダヤ大富豪、カジノ王、シェルドン・アデルソンだ。
アデルソンは共和党に対する最大の献金者で、前回の大統領選では1億㌦もの自己資金を共和党候補に献じたほどの大物だ。トランプが自分に頭を下げさえすれば喜んで後援者になるつもりなのだが、目下、トランプはアデルソンから資金援助を受けることに関心はないと、つれないそぶりを示し、アデルソンの不興を買っているのだ。
しかし、共和党にはトランプに代わる選択肢はない以上、最終的にアデルソンがトランプを応援することは間違いないだろう。民主党を政権の座から引きずりおろすために、前回以上の資金を共和党の最有力候補に集中的に投入することが今回の選挙戦における自分の使命だと位置づけているからだ。
トランプがイスラエルをえこひいきする理由だが、それは彼が45年間にわたり身を置いたニューヨーク(NY)の不動産・建設業界の体質に馴染んだ結果と言えるであろう。彼が働き盛りだった80年代、在米ユダヤ大富豪の実に半分がこの業界に集中していたのだ。不動産・建設業界こそ歴史的にみてユダヤ人の最大の蓄財源だったのだ。
特にこの業界で働くユダヤ人にはタカ派シオニストが多かった。「弱虫には務まらぬマッチョな男の仕事」だったからだ。トランプはこの業界で数多くのタカ派シオニスト系ユダヤ人と親しい交際、共同事業を続ける中、彼らの体質・考え方に感化されていったのだ。ちょうど、弁護士出身のオバマがユダヤ系の法科大学院教授や先輩法曹に指導されるうちに、彼らのリベラル派シオニズムに感化されていったのと同じように、ユダヤ人ならざるトランプもユダヤ系が圧倒的に威勢をふるうNY不動産・建設業界に溢れるタカ派シオニズムに染まっていったというわけだ。
タカ派シオニズムは不動産・建設業界のみならず、より広いNY財界にも横溢していた。長年、トランプの投資顧問を一手に引き受け、多大な利益をもたらし、親友でもあったのがユダヤ系投資銀行ベア・スターンズの会長、アラン・グリンバーグだ。グリンバーグは湾岸戦争勃発に際し、「一滴でもユダヤの血をひく者なら証しを立てねばならぬ……もし君がユダヤの血を2分の1受け継ぐ者なら2分の1の証しを立てよ」と檄を飛ばし、ウォール街関係者に向けてイスラエルへの義援金拠出を呼びかけたほどの熱烈なシオニストであった。
トランプは企業買収でも名を馳せたが、その分野での導師がイスラエル出身のタカ派シオニスト、メシュラム・リクリスであった。リクリスは相手先資産を担保にした企業買収の技法、LBOの生みの親として知られている。全米屈指の企業買収王、ロナルド・ペレルマンもトランプとは私生活面での大の仲良しで、共和党を支持するユダヤ人脈の重鎮でタカ派シオニストだ。
こうした財界ユダヤ人脈との親しい交流ゆえに、世間の人々からトランプ自身もユダヤ人ではないかと誤解されることが多かった。ある時など、某ユダヤ団体から「マン・オブ・ザ・イヤー」に選ばれてしまい本人はいたく苦笑したそうだ。もちろん、トランプ自身、ユダヤ人に対する偏見はなく、愛娘イヴァンカが2009年にユダヤ人実業家と結婚した時にはこれを祝福している。彼女はユダヤ教に改宗し、生まれた子をユダヤ教徒として育てながら父が所有する企業の上級副社長をつとめている。
ユダヤ系が圧倒的な存在感を持つNYの不動産・建設業界におけるトランプの声望は昔から高く、既に87年秋、業界の利害を代弁できる格好の人物として「トランプを大統領に推す会」の発足がユダヤ系の業界人たちにより企図されたこともあったほどだ。
ユダヤ人ならざるトランプ。彼が何故イスラエルびいきになっていったのか、お判りいただけたであろうか。(敬称略)
(さとう・ただゆき)