米を支配するポピュリズム
失われる政治への信頼
背景にオバマ政権の影響
【ワシントン】今年の大統領選は左右の両方からの反エスタブリッシュメントの反乱と言われてきた。ニューハンプシャー州予備選はまさに、これを裏付ける結果となった。だが、見落とされていることがある。このような国内の雰囲気の醸成に、7年間のオバマ政権のレガシーがどのような影響を及ぼしてきたかという点だ。
確かに各機関、政党、指導者、献金者、ロビイスト、政界の顔役のせいだという声はよく聞く。しかし、党派を超えたこれらの批判はそもそも、身近にある社会的、経済的、地政学的失敗からきたものだ。バーニー・サンダース氏は注意深く、オバマ大統領を直接非難することはしない。しかし、オバマ氏が残した今の米国についてサンダース氏は、賃金は低迷し、格差は拡大し、中産階級は活気がなく、若年層は借金に押しつぶされ、アメリカンドリームは死んでいると指摘した。
ブルックリンなまり、ラリー・デービッドばりのワンパターンを除けば、共和党候補の話かと思うような内容だ。要するに、誰がこの7年間、米国に責任を持ってきたかということだ。
ドナルド・トランプ氏は、現在の「混乱」についてもっと直接的に語り、この混乱は現在の指導者らのせいであり、政府は愚かで無能だとはっきり指摘している。トランプ、サンダース両氏は、反エスタブリッシュメントであり、現状否定派でもある。反乱は、政治機関だけでなく、オバマ政権のレガシーにも向けられている。
ニューハンプシャーを見ればいい。討論会を見れば分かるように、ヒラリー・クリントン氏は、オバマ政権を全面的に支援するという戦略的判断を下した。これが間違いだった。そして大差で敗れた。
政治の現状を非難している点以外にも、ニューハンプシャー州での勝者の2人の間の共通点はある。その解決方法だ。他の候補なら、予算配分を慎重に考えたプランを提示するだろう。だが、サンダース、トランプ両氏の提案はまるでマジックだ。
サンダース氏のニュージャージー州での勝利演説を見てみよう。あり得ないような約束をした。大学教育を無料にし、国民全員に無料で健康保険を提供する。世界平和も無料で実現するという。米国は「世界の警察」をやめるのだからそういうことになる。さらに、最低賃金15㌦を約束した。すべてを富裕層への課税で賄うという。「投機」税というものらしいが、これなら反対はあまりないかもしれない。
トランプ氏も似たようなものだ。勝手なものだ。雇用は、中国、日本、メキシコ、至る所からどっと戻ってくる。オバマケアに代わる「素晴らしいもの」で国民皆保険を実現する。退役軍人の面倒を見、薬物は国境で止める。これで麻薬中毒はなくなる。至る所で成功に次ぐ成功だ。
どのようにして実行するのか。そのような疑問は出てこない。誰も答えを求めていない。とにかく、実現される。皆、「エスタブリッシュメント」を軽蔑するトランプ氏が好きなのだ。私の知る限りでは、トランプ氏はエスタブリッシュメントではない。だが、本当にぞっとするのは、実現できるはずのない約束だ。サンダース氏と同様、痛みは伴わない。
トランプ、サンダース両氏は確かに、反エスタブリッシュメントだが、同時に論理にも歴史にも反している。サンダース氏の魔法の薬は社会主義、トランプ氏の魔法の薬はトランプ氏自身だ。
サンダース氏に熱狂している若い民主党員は、1世紀にわたる社会主義の歴史、ロシア、キューバ、ベネズエラの悲惨な失敗についてあまり知らないようだ。中国が人類史上かつてない規模で貧困を減らすことができたことは、社会主義の放棄と密接に関連していることすら知らないのだろう。
トランプ氏の魔法は、強靭(きょうじん)であることだ。敗者に見せる力のマジックだ。独裁的な権力や考え方によって、すべては正当化される。
力による支配は、米国の小さな制限された政府という憲法に基づく伝統に反する上に、独裁者によるポピュリズムはここでは機能しない。アフリカや中南米が遅れているのはほとんどが独裁とポピュリズムが原因だ。
1900年のアルゼンチンの1人当たりの所得は米国の70%だった。20世紀にペロン主義やそのまねごとに振り回された揚げ句、米国の23%にまで落ちた。
米国の制度や体制に対する信頼が危機に瀕(ひん)しているのは確かだ。しかし、それは今に始まったことではない。今のように不信感が拡大していったのは、ベトナムとウォーターゲートからだ。それでも過去に、サンダース氏やトランプ氏のような左派と右派のポピュリズムがこれほど大きな支持を受けたことはなかった。
そこにオバマ氏という要因が加わった。第2次世界大戦以降でこれほどの景気回復の遅れを経験したことはなく、国外への影響力は世界から意図的に手を引く中で低下し、陰鬱な雰囲気が国内に漂っている。
そこで出てきたのが幻想の政治だ。これ以上悪くなることはないのだから、根底からやり直すしかない。失うものは何もないのだから、どんなリスクでも冒せる。
(2月12日)