堕ちた米大統領最大の功績

加瀬 みきアメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員 加瀬 みき

オバマケアに苦情殺到

欠陥、高額、約束違反に怒り

 「政治の世界では一週間は非常に長い」と、あっという間に状況が一変するさまを表したのは英国のウィルソン首相だった。連邦政府の一部を閉鎖するに至った連邦予算と債務上限引き上げを巡る大統領対議会共和党の戦いは、オバマ大統領の勝利とみられた。しかし、その後まさにあっという間にオバマ大統領の支持率は、回復不可能と言われるほど落ち込んだ。

 その原因はオバマ大統領の最大の功績とされる新医療保険制度である。民主党がトルーマン政権以降約60年にわたり実現を望んだ国民皆保険を実現した画期的な法とされた。増え続ける財政への負担を減らすというのも謳い文句だった。しかし、国民の支持を得たとはいえず、議論が白熱した2010年春、反対が約6割に及んだ。

 自由を何よりも重視するアメリカ人には、連邦政府が保険加入に口出しすることに抵抗があったばかりか、法が議論されたオバマ政権第1期の初めは、失業率が増加し、国民は生活に大きな不安を抱いていた。その中、大統領は誤った政策に集中しているとみなされた。

 大統領は「2期目はあるか」と問われるようになっても「成果のない8年より達成すべきことに全力を注ぐ4年」と断言し、オバマケアといわれるようになった新医療保険制度に懸けた。外遊を延期したばかりでなく他の課題をほぼ全て棚上げにし、改革法案支持を訴え、国内遊説に明け暮れた。

 結局、上下両院も民主党多数である間に、野党共和党の賛同を全く得ないまま法となった。しかしその結果、保守強硬派の草の根運動「ティーパーティー(茶会)」が力を得、10年の選挙で共和党が下院を奪った。この経緯がなければ、この夏、茶会系議員がオバマケア撤廃を掲げ連邦予算と債務上限引き上げ交渉を人質に取ることができなかったのは間違いない。

 新医療保険制度は本年10月1日から実施されたが、重大な問題が噴出している。州政府がオンライン保険市場の設置を拒否した34州では連邦政府が保険市場を運営するが、ウェブサイトへろくにアクセスができない。ましてや登録、契約は当初ほぼ不可能であった。政府は関心が高く、アクセスが集中したために接続障害が起こったと説明したが、その後、重大な不備が多数あることを認めざるを得なかった。

 ウェブサイトがあらかじめ多くの問題を抱えていることを保険会社やIT企業などが政府に指摘してきていたことが明らかになっている。新制度開始から1カ月半がたち、政府は新制度への加盟者数を10万6000人と発表したが、そのうち問題となっている連邦政府が運営し36州を網羅する保険市場での加盟はわずか2万7000人であった。サイトの技術担当官は、保険料の徴収などまだ仕組みが完成していない部分が30~40%もあると証言している。政府が発表した11月末のサイト完備は達成できそうにない。

 サイトの不備以上に問題となっているのが、大統領の約束違反である。オバマ大統領は、「既に保険に加入している国民は、その保険に満足であれば、それを継続できる」と再三述べてきた。しかし、新保険制度の下、既存の保険を打ち切られ、新たな、より高価な保険の購入を迫られる人が続出している。60歳の女性が出産費用補償を含む保険を売られるなど不合理も明らかになっている。

 国民皆保険を実現させれば、保険会社は保証負担が増えると計算するのは当然であり、コストを顧客に分散することになる。連邦政府が補助する部分を考慮しても、保険の世話になりそうにない元気な若者が大量に加盟しなければ、保険会社も政府も負担が増えるばかりである。しかし、不加盟の罰金の方が保険料より安い若者たちはなかなか加盟しない。このままでは、保険料はますます高くなり、連邦政府の負担も増える。

 オバマ大統領は当初、傍観者的立場をとった。自分も失望している、自分が一番怒っていると述べ、自己責任を明らかにせず、新制度の説明や理解を求める演説を繰り返した。しかし、あまりの不備、そして既存保険継続が不可能なケースが増え続け、徐々に政府の責任、そして遂に自分の責任を認めざるをえなくなった。しかし、謝罪までの遅さ、やっと謝罪をしても、どこか言い訳がましい話し方に、大統領支持者たちもいら立ちを隠せない。有権者の怒りに政府機関一部閉鎖時には結束を固めた議会民主党は揺らぎだし、次の選挙を展望しあからさまに大統領から距離を置く民主党議員が出始めた。

 幼稚ともいえるほどのウェブサイトの不備。ちょっと理論的に考えれば既存保険の継続と国民皆保険によるコストは保険会社にとって相容れないのは明らかであるにも拘わらず、有権者説得のために用いた都合のよい約束。そして若者が大量に加盟するという希望的観測に基づいたコスト計算の甘さ。政治生命をかけた割にはあまりにお粗末な状況である。

 実施へのフォローの弱さ、傍観者的態度、傲慢と見なされるほど駆け引きや交渉の手間を避ける姿勢に、大統領としての指導力、そして人間としての信頼度が問われている。このままでは議会の分裂も相俟って、何も達成できない完全なレームダックと化した残り3年間となる恐れがある。

(かせ・みき)