南米のコロナ感染拡大が深刻
中南米諸国は、インドと並び新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)の中心地となっている。メキシコを含む中南米・カリブ海諸国の死者数は100万人を超え、世界全体の約3割に達する。一方、ブラジルでは、変異株による「第3波」が懸念される中、一部自治体で全住民に集団接種を行う社会実験が行われ、重症者数が激減したとの報告も届いている。
(サンパウロ・綾村 悟)
貧困と飢餓の社会不安増大
ブラジルでワクチン接種の社会実験開始
インドの新型コロナ感染爆発とその原因となった変異株が世界各国の懸念となる中、南米諸国の感染拡大が深刻さを増している。
アルゼンチンとパラグアイでは先週、過去最高の新規感染者数を記録。同様の感染拡大は、ペルーやウルグアイ、コロンビアなど南米各国で見られ、ブラジルも第3波の恐れが指摘されている。
南米諸国は昨年3月に始まった第1波で、人的・経済的に甚大な被害を受けた。長期にわたるコロナ禍は、コロンビアやチリで反政府デモの原因ともなり、貧困と飢餓の拡大など社会不安をもたらしている。
南米諸国がコロナ禍で受けた経済打撃は世界の中でも特別なものだ。昨年のアルゼンチンの経済成長率はマイナス10%、ペルーは同11%、ブラジルは同4・1%などと軒並み大幅なマイナス成長となった。国家規模のロックダウンや国境封鎖を導入していた国は、特に大きな打撃を受けた。
一方、世界的な食料・資源価格の高騰や、中国による食料輸入の急拡大などもあって、資源や食料の主要輸出国でもあるブラジルやペルーなどは今年度のプラス成長が予想されている。ただ、大豆や食肉、資源関連の業界が輸出ブームに沸く中で、多くの一般市民は経済成長から取り残されたままだ。
ブラジルでは、政府による補償がほとんど行われないまま、1年以上にわたって営業時間短縮等の措置が続く自治体も少なくない。街中を見れば、飲食関係を中心に空き店舗が多く、職も失われた。政府による緊急援助金制度も限界に達している。
ダッタ・フォーリャ社が21日に公開した世論調査によると、ブラジル国民の4人に1人が、ここ数カ月間で十分な食事を用意できなかった経験があると回答。また、88%が飢餓の拡大を実感しているとも答えた。
主に貧困層向けの食料支援を行うNGO「食料銀行」(本部サンパウロ)をはじめ多くの非政府組織が、コロナ禍で食料支援を求める人が急増するとともに、経済の低迷で支援が不足していると訴えている。
ブラジルでは、4月に1日当たり4000人以上の死者を出した第2波が収束する間もなく、インド変異株の陽性者が空港などで見つかっており、政府は警戒レベルを引き上げている。このまま第3波への突入を指摘する専門家もいるほどだ。
また、集中治療室の患者の半分以上が60歳以下とのデータも出ており、社会活動の多い若年層に重症患者が激増していることも大きな懸念だ。
こうした中、サンパウロ州セハナ市(人口約4万5000人)で先月、18歳以上の全住民に中国シノバク社製ワクチン「コロナバック」を接種する社会実験が行われた。同社のワクチンは、有効性50%超と米ファイザー製などに比べて有効性は低い。
それでも、集団接種後に同市の重症患者と死者は激減。ブラジルが第2波に襲われた4月も、全国平均より犠牲者が大幅に少なかった。
さらに、同州ボトゥカトゥ市(人口約14万8000人)で今月17日、18歳以上の成人男性全てに英アストラゼネカ製ワクチンを接種する新たな社会実験が開始された。ワクチンの有効性を示す貴重なデータとなる見込みだ。
ブラジルでの社会実験は、ワクチンの有効性と社会の未来を示す希望となっている。ただ、ブラジル全土ではワクチン原料の不足などもあり、接種完了率は8・7%と低い。政府はワクチンによる集団免疫獲得を急ぐため、欧米諸国に対して余剰・未使用分のワクチン譲渡を呼び掛けるとともに、自国製ワクチンの開発・承認の加速化も含めてワクチン確保を急いでいる。