世界最大の湿原パンタナル、未曽有の森林火災が襲う
2019年と20年は、オーストラリアや米西海岸、南米などで大規模な森林火災が次々と発生した。地球温暖化や異常気象への警告、環境保護の必要性が以前にも増して注目されることになった。南米の森林火災で関心を集めているのはアマゾン熱帯雨林だが、それにも増して深刻なのが世界最大の湿原であるパンタナルの状況だ。(サンパウロ・綾村悟)
破壊される生態系
旱魃と熱波で事態悪化
パンタナルは、ブラジル中西部に位置し、その一部はパラグアイやボリビアにもまたがる。貴重な生態系が存在することから、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界自然遺産に指定されている。
絶滅危惧種のアオコンゴウインコやオオアルマジロ、ジャガー、カワウソなど数千種もの動植物相にあふれ、「生命の楽園」とも呼ばれる。
パンタナルを構成する湿原は、面積比では熱帯雨林を超える二酸化炭素を地中に吸収していることが分かっており、温暖化や気候変動を防ぐ重要な役割も果たしている。湿原を失うことは、地中に蓄えられた膨大な二酸化炭素が大気中に放出されることを意味する。
そのパンタナルで、観測史上最悪の森林火災が発生している。ブラジルの環境衛生研究所(LASA)によると、今年初めから10月11日までに、410万ヘクタールもの森林が失われた。パンタナル全域の27%、北海道全面積(8万3456平方㌔)の約半分にも相当する。
ブラジル当局によると、出火原因の多くが地元農場主による放火などの人災によるもので、司法当局は違法伐採を行った農場を接収、膨大な罰金を科した。
さらに、異常気象が状況を悪化させた。8月から9月にかけてパンタナル一帯は、半世紀ぶりの深刻な旱魃(かんばつ)と40度を超える熱波に襲われたのだ。
地方政府は非常事態宣言を出して森林伐採や放火を禁止し、各地の消防当局や国軍から応援を要請した。しかし、異常乾燥と熱波による激しい風は、消火作業を難航させた。10月以降の降雨で延焼は防がれているが、鎮火には程遠い状況だという。
この数カ月、ブラジルの各メディアでは、燃え続ける森林や焼死した動物などの映像が毎日のように流れている。
専門家は、深刻な旱魃が今後5年以上続く可能性があると指摘。違法伐採に対する罰則強化や当局による監視強化などを行わない場合、パンタナルの生態系が取り返しのつかない状態に陥ると警告している。
だが、ブラジル政府の動きは積極的とは言えない。サレス環境相はボルソナロ大統領と同様、アマゾンやパンタナルで開発優先の方針を強調してきた。
パンタナルで森林火災の視察を行った際には、開拓を促し、牧場を広げ開発することで森林火災を防ぐことができると提言した。牛が草を食べれば、そこが森林火災の延焼を食い止める土地になるというわけだ。ブラジルメディアが「牛消防隊」と呼んで揶揄(やゆ)したサレス氏の提言は、環境保護団体や専門家から「環境破壊を推奨するものだ」と批判を浴びた。
マトグロソ・ドスル州政府は、パンタナルに消防・監視活動を行う専門部隊を設置することを検討、今年のような惨事が再発しないように防止策を取る予定だ。だが、決して環境保護に積極的とは言えない連邦政府に加え、新型コロナウイルス禍で連邦・地方政府とも財政が疲弊しているのが現実だ。