ブラジルが感染爆発の中心に 新型コロナ

 新型コロナウイルスのパンデミックの中心は今、中南米に移っている。中でも、70万人以上の感染者を出しているブラジルでは、経済を優先するボルソナロ大統領が隔離政策を重視する地方自治体を批判して混乱を引き起こしており、国内の足並みがそろわない。連日のように4ケタを超える新規感染者が出る中、今月にも開始されるワクチンの最終治験が数少ない望みとなっている。

政府と地方、足並み揃わず
ワクチンの最終治験に期待

新型コロナウイルス感染とみられる症状の患者を下流のポルテウにある病院まで、これから12時間かけて搬送するブラジルの船の救急車=2日、北部パカハ川河畔(AFP時事)

新型コロナウイルス感染とみられる症状の患者を下流のポルテウにある病院まで、これから12時間かけて搬送するブラジルの船の救急車=2日、北部パカハ川河畔(AFP時事)

 「ブラジルの新型コロナ感染者の実数は、350万人から400万人を想定している」。感染症の専門家でブラジル保健省の前局長だったオリベイラ氏が7日、衝撃的な数字を発表した。

 ブラジルの8日までの公式累計感染者は、南米最多で世界2位の70万7412人、死者は世界3位の3万7134人に上る。死者数に対する感染者数が世界的な平均値に比べて少なく、専門家の多くは、実際の感染者は公表値をはるかに上回るとみてきた。

 ブラジル北部や東北部など人口当たりの感染者が多い地域では、重症患者用のベッドが足りなくなるなど医療崩壊に直面。先月には、北部マナウス市で受け入れ先の病院や医者が見つからないと患者の家族が泣き叫ぶ様子や、死体の処理が追い付かず、病院の中に死体が積まれている動画がメディアなどを通じて公開され、市民に衝撃を与えた。

 一方、新型コロナを「軽い風邪のようなものだ」と軽視する経済再開派のボルソナロ大統領は、隔離政策を重視したマンデッタ元保健相らと対立。これまでに2人の保健相が辞任もしくは解任されている。前述のオリベイラ前保健省局長も、ボルソナロ氏の方針に反発して辞任した関係者の一人だ。

 ボルソナロ氏は、隔離政策に反対する政府支持派のデモに自ら参加するだけでなく、大統領官邸前で支持者らと交流する際にマスクを着用せず、握手や抱擁などの身体的接触を行い、メディアの批判の的となっている。

 地方自治体の多くは、独自に外出自粛令や商業活動の制限などの条例を導入して感染抑止に務めているが、どの自治体も自宅待機率は50%程度にとどまり、効果的な感染抑止にはつながっていない。

 背景には、貧富の差がある。先進国のように大規模な経済支援も難しく、やむなく仕事に出たり商売を再開する人が後を絶たないのが現実だ。また、隔離政策を軽視する大統領の姿勢が、低い自宅待機率などにつながっているとの指摘もある。

 英インペリアル・カレッジ・ロンドンの最新の研究では、欧州各国が採用したロックダウン(都市封鎖)を伴う隔離政策により、300万人以上の命が救われたとの報告がある。外出禁止令などを採用しなかったスウェーデンの死亡率が高いことを見ても、隔離政策が有効だったことは証明されつつある。

 こうした中、ボルソナロ氏の意向を受けたブラジル保健省は、5日から新型コロナの累計感染者・死者数の公表を取りやめている。現在は、感染から回復した患者数を最優先に表示する方法に切り替わっており、過去24時間の新規感染者・死者数のみが表示されている。

 さらに、新規感染者・死者数が6日以降、半数近くに急減した。ブラジルメディアの多くが「対策が失敗しているとの批判を避けるために恣意(しい)的な情報操作が始まったのではないのか」と指摘している。

 「中南米の感染ピークはまだ先だ」(世界保健機関関係者)と言われる中、英オックスフォード大と製薬会社アストラゼネカが共同で開発している新型コロナワクチンの最終段階の治験が、今月中にもブラジルで開始される。治験には、ブラジルの国家衛生監督庁(ANVISA)が協力し、感染者が多いサンパウロ市などの医療関係者を中心に2000~5000人の規模で対象者を募集するという。

 効果と安全性が確認されれば、ブラジル政府は特例輸入による緊急導入を予定している。さらにブラジル国内でワクチンを製造し、中南米地域にワクチンを供給することも検討されており、治験の行方に注目が集まっている。
(サンパウロ 綾村悟)