対日経済協力担当の閣僚拘束の背景
「シロビキ」がリベラル派に攻勢
 ロシアの捜査委員会は11月15日、石油会社の買収をめぐり200万㌦(約2億1600万円)の賄賂を受け取った疑いで、日露経済協力を担当してきたウリュカエフ経済発展相(60)の身柄を拘束し、捜査を開始した。同事件の背景には、ウリュカエフ氏が属するリベラル派と、「シロビキ」と呼ばれる治安機関派の権力争いがある、との見方が強い。
(モスクワ支局)
トランプ氏登場で欧米の後ろ盾失う?リベラル派
ウリュカエフ氏は、日露経済協力を進める安倍晋三首相がプーチン大統領に提案した「8項目の経済協力プラン」を担当する重要閣僚だ。世耕弘成経済産業相・ロシア経済分野協力担当相のカウンターパートであり、11月3日にも世耕氏とモスクワで会談したばかりだった。
このため、今月15日の山口県での日露首脳会談を前に、安倍政権が進める交渉にも影響を与えかねないとして、日本でも大きな注目を集めた。
一方、同事件には不可解な点も多く、事件の背景をめぐり、さまざまな臆測が流れている。
ウリュカエフ氏に掛けられている容疑は、以下となる。
「国営のロシア最大手石油会社ロスネフチが10月、中堅石油会社バシネフチの株式約50%を約3300億ルーブル(約5700億円)で取得した際に、ウリュカエフ氏がこれに『肯定的評価』を与え、取引の便宜を図った。その見返りとしてウリュカエフ氏はロスネフチ幹部に賄賂を要求し、支払わなければ企業活動を妨害すると脅迫した」
ウリュカエフ氏がロスネフチ幹部を脅迫したとされているが、ロスネフチの会長はプーチン大統領の最側近であり、治安機関派(シロビキ)の筆頭とされるイーゴリ・セーチン副首相だ。
セーチン副首相は、プーチン大統領がサンクトペテルブルク市第1副市長を務めていた頃にプーチン氏の個人秘書を務め、非常に近い関係にある。その後、プーチン氏に引き立てられ出世の階段を登った。2000年にプーチン氏が大統領代行に就任すると大統領府副長官に任命され、政権内で極めて大きな力を持つようになった。ロスネフチ会長を兼任してからは、産業界にも強い影響力を及ぼしている。
改革派野党ヤブロコのヤブリンスキー元代表は「ロスネフチから賄賂を、それも脅し取ったということは、プーチン大統領を脅して賄賂をせしめたのと同じことだ」と語っている。つまり、まともな人間ならそんなばかなことをするわけないだろう、という意味である。
ウリュカエフ氏は、メドベージェフ首相を筆頭とする政権内のリベラル派に属する。エリツィン時代に急進的改革や国有資産民営化を推し進めた故ガイダル首相代行の「ガイダルチーム」の一員である。ガイダル氏が設立した移行期経済問題研究所(現ガイダル経済政策研究所)の副所長を2回務めた。
プーチン政権内では、基幹産業の国有化を支持するシロビキらと、自由経済を志向するリベラル派が牽制(けんせい)し合っているが、近年はリベラル派勢力が押され気味だ。ウリュカエフ氏は経済発展相であったが「役職はあるが権力はない」などと揶揄(やゆ)されることもあった。
ウリュカエフ氏の経済発展相就任後、同省そのものの地盤沈下も進んでいた。ロシアの主要輸出品であるエネルギー価格が下落し、さらに、ウクライナ危機を受けた欧米の対露経済制裁でロシア経済は低迷を続けている。このような中でウリュカエフ氏に付けられたあだ名は「潜水夫」。毎月の定例報告でいつも変わらず「ロシア経済はついに底を打った」と発表していたからだという。
一方、ウリュカエフ氏の逮捕を、米国大統領選と結び付ける見方もある。ウリュカエフ氏らロシアのリベラル派は、エリツィン時代とほぼ同時期に米国の権力の座にあったクリントン政権と近い関係にあり、同政権の後ろ盾を得ていたとされる。
その後、イラク戦争や、北大西洋条約機構(NATO)の第2次東方拡大、ウクライナ紛争などで米露関係は悪化したが、プーチン政権はシロビキとのバランスを取ることに加え、欧米との窓口として、リベラル派を政権内の要職に据え続けた。米国はこの間、ブッシュ政権、オバマ政権と続いたが、ロシアのリベラル派と米国のパイプは継続した。
しかし、今回の米大統領選でトランプ氏が勝利したことで、ロシアのリベラル派に対する米国からの後ろ盾がなくなると判断し、シロビキが攻勢に出た、との見方が出ている。
ウリュカエフ氏逮捕に対し、これまでならば一部のリベラル派メディアから「人権侵害だ」などと非難する論陣が張られても不思議ではないが、今回、リベラル派メディアは沈黙している。
もっとも、メディアの沈黙については、欧米との関係悪化を懸念するプーチン大統領が、政府系メディアに事を荒立てないよう指示したことが理由、ともみられている。











