緊迫するウクライナ情勢

 ロシアが9万人を超える軍部隊をウクライナ国境に集結させ、同国の北大西洋条約機構(NATO)加盟を阻止するため軍事的圧力を加えている。7日にオンラインで行われた米露首脳会談でバイデン米大統領は「強力な経済制裁」で対抗すると牽制(けんせい)したが、プーチン露大統領は譲歩しなかった。
(モスクワ支局)

露、NATO拡大に反発
米大統領、制裁で牽制も「防衛」否定

 米国は11月に入り、ロシアがウクライナ国境付近に大規模な軍部隊を集結させていると何度も懸念を表明したが、ロシアはこれを否定し続けてきた。

露軍部隊が西部スモレンスク州に集結しているとされる衛星写真=11月1日撮影、米マクサー・テクノロジーズ提供(AFP時事)

 ラトビアで11月30日から2日間の日程で行われたNATO外相理事会でストルテンベルグ事務総長は、ロシアがウクライナに侵攻すれば経済制裁を科すと警告した。

 翌2日にはブリンケン米国務長官とロシアのラブロフ外相がスウェーデンのストックホルムで会談した。ブリンケン氏は、ロシア軍部隊の撤退を要求した上で、ロシアがウクライナを侵攻したならば「過去にない制裁を行う」と言明。これに対しラブロフ氏は「NATOのさらなる東方拡大はロシアの根本的利益に抵触する」とした上で、「新たな地獄のような経済制裁が導入されれば、ロシアは答えを出すだろう」と警告した。

 ゼレンスキー・ウクライナ大統領のNATO加盟方針にロシアはいら立ちを強めており、ウクライナと、その後ろ盾の米国に軍事的圧力を加えることで、それを断念させる構えだ。

 親露派とされたウクライナのヤヌコビッチ元大統領が失脚し、親欧米政権が発足した2014年のウクライナ騒乱でロシアは、これは背後で米国が画策したクーデターであるとして激しく反発した。

 ロシアはウクライナのクリミア併合を強行し、さらに、ウクライナ東部の親露独立派勢力を支援することで、両国間の事実上の紛争状態、もしくは係争地を抱えた状況をつくり上げたのだ。

 NATOは加盟国のいずれかが攻撃を受けた場合、加盟国すべてに対する攻撃と見なし、反撃することを規定している。ウクライナがクリミアをあきらめない限り、ロシアとの紛争状態、もしくは係争地を抱えた状態にある。NATO加盟国がウクライナを受け入れることができない構図をつくり上げたのだ。

 そもそもロシアにとっては、NATO東方拡大は旧東ドイツまでとの約束だった、との強い不満がある。当時のゴルバチョフ・ソ連大統領にブッシュ米大統領が約束した内容だ。もっとも、ウクライナなど周辺諸国にとってみれば、これはロシアの身勝手な主張にすぎない。ロシアと一緒にいることで利益があるならば、NATOに加盟しようとは思わなかっただろう。

 もし本当に戦闘になれば、ロシアに勝機があるという保証はない。ロシアは、サイバー攻撃や宣伝戦などを組み合わせたハイブリッド戦争を仕掛けたことはあるが、実際の戦争を戦ったわけではない。クリミア併合でプーチン大統領が圧倒的な支持を得た背景には、ロシア軍の犠牲者が事実上いなかったことも大きいだろう。ロシア軍に多くの犠牲者が出れば、プーチン政権にとって致命傷になりかねない

 しかし、プーチン政権は強気の姿勢でチキンレースを突っ走るしかない。他に方法がないからだ。このブラフに対し米国とNATOが取る手段は二つだ。一つ目は、もしロシアが戦争を始めるならば、ロシアを打ち負かすだけの軍事的援助をウクライナに与えることを明確にすること。二つ目は、ブラフを恐れて対話を始めることだ。

 バイデン大統領は、二つ目の選択肢を選んだようだ。バイデン氏は7日、プーチン氏とのオンライン会談で、ウクライナに侵攻すれば米欧による「強力な経済的措置」などで対抗すると警告した。しかし翌8日、記者団に対し、ウクライナはNATOに加盟しておらず「(米国はウクライナを防衛する)義務がない」と語り、また、ウクライナに米軍を駐留させる考えもないことを明らかにした。

 一方のプーチン氏は強気の姿勢を取り続けている。米国が中国と対峙(たいじ)し、ウクライナにまで手が回り切らないこともにらみ、米国から譲歩を引き出す構えだ。