ロシア 国産ワクチンへの消えない不安
ロシアで新型コロナウイルスに対する「世界初」の国産ワクチンの接種が進められているが、その安全性に対する国民の不信と不安は根強い。18日から全国民を対象にした大規模接種を行うことが決まったが、その背景には政治的意図も見え隠れする。
(モスクワ支局)
数十人の臨床試験のみで承認
外交で政治的意図を優先か
伝統的にロシアの1月は、政治的に大きなニュースはなく、静かな日々が続く。仕事始めは11日だった。もっとも、年末には慌ただしい動きがあった。言論統制や野党勢力封じ込めのための法改正が行われたのだ。
その一つはインターネット規制の強化だ。法改正により、ソーシャルメディアで政府当局者を批判したりした場合、刑事罰に問われる可能性が出てきた。さらに露骨な反対派封じ込めは「外国エージェント制度」の強化だ。これは、外国から資金提供を受け政治活動を行うNGOなどの団体に対し活動報告を義務付ける制度だが、今回の改正で、個人もその対象となった。
もっとも、ロシアの一般の人々は、これらの出来事に全く関心を示していない。彼らの関心はもっぱら、新型コロナウイルスの感染拡大と、ロシアが開発したコロナワクチン「スプートニクV」に向けられている。
ロシア連邦消費者権利保護・福祉監督局による公式統計では、1月13日時点で、ロシアの新型コロナ感染者数は347万1053人で、死者は6万3370人。13日の1日の新規感染者数は2万2850人、死者は566人だ。
感染者数は米、印、ブラジルに次いで世界で4番目に多く、それだけでも国民は大きな不安を感じているだろう。しかし、ロシアの公式統計の死者数は低く抑えられており、実際の死者数はその3倍であることが明らかになったことで、コロナウイルスへの不安だけでなく、政府に対する不信が広がっているのだ。
ロシア統計局が昨年12月28日、同年1月から11月のロシアの死者数は前年同期比で22万9700人増加したと発表し、新型コロナウイルス対策を担当するゴリコワ副首相が「超過死亡数の81%がコロナか、コロナの後遺症による」と説明したのだ。
ここから計算するとコロナウイルスによる死者数は約18万6000人で、世界で3番目に多い。公式統計の死者数が少ないのは、病理解剖の結果、死因が明らかにコロナのケースのみを数えていたためという。これまでもロシアのコロナ死者数は感染者数に比べて明らかに少ないと、世界から疑いの目を向けられていた。
コロナ対策の切り札となるのはワクチンであり、ロシアは昨年8月、国産ワクチン「スプートニクV」を世界に先駆けて正式承認した。しかし、当時はまだ数十人を対象とした臨床試験しか行っていない段階だった。本来必要とされる大規模臨床試験「フェーズ3」を実施する前であり、専門家から強い批判を受けた経緯がある。
12月に入り、モスクワでは医療関係者などを対象とした「スプートニクV」の大規模接種が開始されたが、接種者数は伸びていない。世論調査でも「接種する用意がある」と回答した人は3割程度にとどまっており、ワクチンの安全性に不安を感じている人々が多いことが分かる。
1月に入りムラシュコ保健相が「すでに80万人以上が(スプートニクVの)接種を受けた」と発表したが、国民の不安を解消するには至っていない。一方でプーチン大統領は13日、改めて全国民を対象とした接種を開始するよう指示した。ゴリコワ副首相によると18日に開始される。
ロシアが大規模接種を早期に進めようとしている背景には、欧米の製薬大手に先んじてワクチンの輸出を拡大し、国際社会における影響力を拡大する意図がある、との指摘がある。欧米と距離を置く隣国ベラルーシや、アルゼンチンでスプートニクVの接種が始まっていることと無関係ではないだろう。
ロシアが、例えばファイザーなど欧米の製薬大手のワクチンの供給に関し、大規模な契約を結んだという話はない。ロシアの人々は結局、ワクチンの接種を受けずにコロナ感染に怯(おび)えるか、それとも不安を感じながらスプートニクVの接種を受けるか、どちらかを選ぶしかない。コロナウィルスについても、政治に翻弄(ほんろう)されざるを得ないのだ。