ナゴルノカラバフ紛争とロシア
アルメニアとアゼルバイジャンの係争地ナゴルノカラバフ地域をめぐり1カ月半にわたって続いた軍事衝突は、アゼルバイジャンの勝利に終わった。アルメニアと軍事同盟を結ぶロシアは「中立」に徹し、アルメニアを支援することはなかった。ロシアは和平合意を仲介し、平和維持軍を派遣することで地域への一定の影響力を保ったと考えているが、「裏切られた」アルメニアの離反は進むだろう。
(モスクワ支局)
アルメニアの支援要請を拒否
野党は「裏切った」と批判も
アルメニアは1994年以降、ナゴルノカラバフ地域を占領し実効支配してきたが、今回の敗北により、その多くをアゼルバイジャンに返還することになった。ロシアの仲介で11月9日、アゼルバイジャンとの間で和平合意が結ばれた。
アルメニアはロシアが主導する集団安全保障条約機構(CSTO)の加盟国。アゼルバイジャン軍の攻勢を受け、アルメニアはロシアに支援を求めた。しかしロシアは、ナゴルノカラバフ地域はアルメニア領ではないことを理由に支援を拒否した。
ロシアにとってアルメニアは同盟国であるが、アゼルバイジャンとの関係も重要である。アゼルバイジャンの背後には北大西洋条約機構(NATO)加盟国のトルコがあり、軍事衝突をエスカレートさせることはできない。「中立」はロシアにとって苦渋の選択であり、ロシア国内の意見は割れた。
クレムリンに近い政治学者らは「中立」の選択を評価し、アルメニア、アゼルバイジャン両国との信頼関係を維持した上で、地域の平和維持者としての影響力を確保したと主張する。
一方でリベラル派野党勢力は「中立はアルメニアに対する裏切り」と激しく批判している。
著名なリベラル派ジャーナリストであるユリア・ラティニナさんはラジオ局「モスクワのこだま」で、「ナゴルノカラバフ紛争から距離を置いたことはロシアの戦略的敗北」とした上で、「アゼルバイジャンの勝利は汎トルコ主義の拡大を招き、ロシア国内のイスラム急進主義を刺激するだろう」と批判した。
これに対しクレムリンに近い政治学者らは、もしロシアがアルメニア側に参戦していれば、ロシア連邦内のトルコ系住民の多い共和国で、反ロシア・分離主義が高まっただろうと反論している。
ナゴルノカラバフを支配しているのは、1991年にアゼルバイジャンから独立したアルツァフ共和国。事実上、アルメニアと一体ではあるが、アルメニアも建前上、アルツァフ共和国を承認してはいない。
このため法的には、CSTOに基づきロシアがこれを防衛する義務はないことになる。しかし、同盟国ロシアがナゴルノカラバフの危機に際して「中立」を保ったことで、アルメニア住民の間では「ロシアはわれわれを裏切った」との思いが広がっている。
ロシアは2011年以降、アゼルバイジャンにも兵器を売ってきた。今回の軍事衝突でアルメニア側は兵士2700人余りが死亡したが、その半数以上は、ロシア製の多連装ミサイルランチャー「スメーチ」やベラルーシ製の「ポロネーズ」によるものとされる。同盟国ロシアがアゼルバイジャンに売った兵器で、アルメニア人が犠牲になった構図だ。
アルメニアにとっては、アゼルバイジャンだけでなくトルコも宿敵である。これら2国に挟まれたアルメニアは、CSTOに加盟し、同国北部のグリュムリ基地を無償でロシア軍に提供することで抑止力を得てきた。ロシアとトルコは互いに牽制(けんせい)しあう関係であり、アルメニアは結果的に、ロシア軍の駐留により安価な国防体制を構築してきた。
しかし2014年、アルメニアをめぐる国際情勢に大きな転機が訪れた。ロシアがウクライナのクリミアを併合したことで、ロシアが国際社会から孤立したのだ。
それまでのアルメニアは、ロシアと軍事同盟を結ぶ一方で、米国や欧州連合とのパイプも維持してきた。しかしロシアに国防体制を依存するアルメニアは、クリミア問題でロシアを支持せざるを得ない。クリミア併合を公式に承認はしていないものの、国連のクリミア編入無効決議など、ロシアを非難する一連の決議に反対した。当然だが対露経済制裁にも加わらず、欧米との溝を広げてしまった。
アルメニアの野党勢力リーダーの1人、アンドリアス・グカシャン氏は次のように述べている。
「今回の軍事衝突でわれわれを最も支持してくれたのはフランスだ。それならばなぜグリュムリにロシア軍が駐留しているのだ。フランス軍こそが駐留すべきだ。ロシアと同盟を結んだのは間違いだった」