露政権、戦争で失政をカバー?

 ロシアが後ろ盾となっているシリアのアサド政権が2月27日、反体制派の拠点を空爆し、展開していたトルコ軍兵士が死亡した。ロシアとトルコは5日、停戦で合意したが、どこまで守られるかは不透明だ。景気低迷を受け国民の不満が高まるロシアでは、「外国との戦争」で政権浮揚を図っているとの見方も出ている。
(モスクワ支局)

シリア内戦で求心力回復狙う
トルコとの停戦は先行き不透明

 1991年12月のソ連崩壊以降、ロシアはさまざまな戦争を遂行してきた。ジョージアとの間で起きた南オセチア紛争(2008年)は、ロシアの圧勝に終わった。ウクライナ東部では、ロシアが後ろ盾となっている親露独立派がウクライナ政府軍と紛争状態にある。少し時計の針を戻せば、第1次、第2次のチェチェン紛争があり、プーチン氏を大統領の座に就ける原動力となった。

プーチン大統領(左)とエルドアン大統領

5日、モスクワでの会談を終えたロシアのプーチン大統領(左)とトルコのエルドアン大統領(EPA時事)

 シリア内戦も、ロシアが遂行する「戦争」の一つに数えられるだろう。ロシアが後ろ盾となっているシリアのアサド政権は2月27日、反体制派の拠点である北西部のイドリブ県を空爆し、展開していたトルコ軍兵士33人が死亡した。これはトルコ軍にとって、この四半世紀で最大の犠牲者を出した事件だ。

 トルコの反発は強く、エルドアン大統領は緊急安保会議を開催しアサド政権への報復を決定した。国民の抗議デモも広がり、その一部はイスタンブールのロシア領事館前でも行われた。エルドアン大統領は直接的にはロシアを非難していない。しかし、デモ参加者は怒りを爆発させた。

 アサド政権は昨年12月、イドリブ県への攻勢を強め、これをロシアが空爆で支援した。トルコはシリア反体制派を支援しており、イドリブ県に数千人規模の部隊を派遣している。エルドアン大統領はアサド政権に対し、2月末までにイドリブ県から撤退するよう要求し、平行してロシアとの間で和平協議を進めていたが、その最中にこの空爆が行われた。

 ロシアのプーチン大統領とエルドアン大統領は3月5日、モスクワで首脳会談を開いた。約6時間の会談で、イドリブ県の非武装地帯での軍事行動の停止や、シリア西部から同県に延びる幹線道路М4の南北6キロを安全地帯に指定すること、両国がМ4に沿って共同パトロールを行うことなどで合意した。

 専門家らはこの停戦合意について、トルコ側の敗北と見ている。トルコはアサド政権軍が占領地域から撤退することを要求したが、合意には盛り込まれなかった。また、政権軍が占領した地域に残されたトルコ軍の停戦監視拠点についても言及されていない。トルコが支援する反体制派はイドリブ県に追い詰められ、トルコの焦りは増している。

 ところで、クレムリンに近い政治学者らは、シリア内戦は国際社会におけるロシアの地位を高め国民の団結を強めていると語る。さらには、これらの「対外戦争」は、ロシアの愛国心を高め国民を団結させる新しいモデルだとも語る。

 ロシアではウクライナのクリミア半島併合による愛国心が極限まで高まった後、欧米などによる経済制裁で国民生活が悪化した。その一部は政権への不満として現れ、プーチン大統領の支持率低下につながった。社会的な無関心やニヒリズムも広がっており、「ソ連末期の状況に似てきた」と指摘する声もある。

 この状況を受けクレムリンの官製プロパガンダは、「ロシアは西欧とは違い、ロシア独自の価値観がある」などと、欧米との決別を呼び掛けている。しかし、ロシアは経済的に欧米と決別できてない。

 ロシアの対外貿易で中国の占める割合が高まりつつはあるが、最大の貿易相手は依然として欧州連合(EU)であり、貿易額の約5分の2を占める。その欧米との関係悪化を受け、2019年のロシアの貿易額は6650億ドルと、クリミア併合の年である2014年の7830億ドルから大幅に減少した。国民もすでに疲れ果てている。クレムリンはシリア内戦を通じた「ロシアの国際的地位」を、政権の求心力として活用しつつある。シリア内戦で多くの犠牲が出ているが、政権浮揚の前では、それは大した問題ではないようだ。